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洋生菓子の微生物変敗と工場の衛生管理
愛知学泉短期大学 食物栄養学科教授 内藤茂三
1.はじめに
 洋生菓子は30%以上の水分を含むために極めて変敗しやすい。そこで高い衛生性や品質保持を達成するための技術条件として製造基準が示されたのが1983年の「洋菓子の衛生規範」である。このように国でも食品衛生管理が年々厳しくなってきているが、これは消費者の嗜好の変化により低塩、低糖化が進み、洋菓子が微生物変敗を招きやすい要因を備えているようになっていることに起因する。上記衛生規範では各作業区域ごとに落下菌数の基準は定められているが、原材料の付着菌数や器物付着菌数の基準は定められていない。洋菓子は最終工程に殺菌がなく、個人的な技術によって製造されているため衛生管理面で注意が必要である。洋生菓子の品質低下はほとんど細菌に由来する場合が多く、日持ち期間が短い。
2.「食品のリスク」の捉え方
 スポンジ生地の主成分である液卵、砂糖、小麦粉、コーンスターチにはBacillus sp.の細菌が多い。特に液卵は殺菌と未殺菌のものがあるが、殺菌したものでもBacillus sp.が3.1×103/g付着している。殺菌は、主としてサルモネラ菌及び大腸菌群を死滅させることを目的として低温(液卵白:55〜57℃、液全卵、液卵黄:60〜65℃)で行なうためである。産卵直後の殻付卵内部は通常無菌状態であるが割卵時に微生物汚染を受ける。これは殻に残っている微生物が主原因であるが、工程中の空気、器具からの二次汚染もある。
 小麦粉から検出される細菌はほとんどBacillus sp.Micrococcus sp.である。ロープ現象が生じた洋菓子の小麦粉の細菌はBacillus sp.が多く、B.polymyxa, B.licheniformisが検出されている。またParacolobacterium aerogenoidesが最も多い場合もある。コーンスターチは,これ自体には旨味はなく、小麦粉に20%くらい混ぜて使用するときめ細かいケーキに仕上がるため広く利用されているが、微生物菌数は多い。コーンスターチの菌数は2.5×102〜3.1×103/gで、大部分がBacillus sp.であり、次いでMicrococcus sp. である。
洋生菓子原材料よりB.subtilis, B.pumilus, B.polymyxa, B.licheniformis, B.cereus, B.stearothermophilus,  Lactobacillus burgaricus, Micrococcus sp. Microbacterium lucticumが検出された。洋生菓子には本来グラニュー糖が主に用いられ、その他上白糖、粉砂糖、液糖等が用いられるが精製度により微生物菌数が異なる。精製度の高いものの微生物菌数は少ないが、開封後、保存中に増殖し洋生菓子の変敗の原因となる場合もある。これらの糖類より検出される微生物はほとんどBacillus sp.であり、洋生菓子原材料由来による工場からの二次汚染菌はほとんど細菌でMicrococcus sp., Bacillus sp., Clostridium sp.である。生クリームは砂糖や香料を加えて泡立て、ホイップクリームにしてケーキのデコレーションに使用したり、ババロアやアイスクリームの原料にして味にこくを出したりするものであるが、微生物菌数は多く、冷蔵庫に保存していても2〜3日で酸敗する。生クリームは低温殺菌されているが、原料乳は余剰乳や品質規格からみて市乳原料乳の規格外のものが使用されていることが多いため微生物による変敗や腐敗が多い。菌数は5.2×104〜1.2×107/gと多く、Enterococcus faecalis,Streptococcus lactis, Streptococuus thermophilus, Lactobacillus thermophilus, Lactobacillus burgaricus, Leuconostoc sp.の乳酸菌やB.cereus, Pseudomonas fragi, Pseudomonas putrefaciens, Micrococcus roseus, M.luteus等の細菌が多い。
 牛乳はパンやスポンジの種の中に入れて水分の補給や風味付けに使用され、カスタードクリーム等を煮るときにも使用されるが微生物菌数が多いために保存性は良くない。一般に細菌の芽胞は低温殺菌や高温短時間殺菌では当然生き残るわけであるが、牛乳中に普通に存在している微生物はほとんどこの細菌である。菌数は3.6×103〜6.3×105/gと多く、B.subtilis, B.stearothermophilus ,Streptococuus thermophilus, Streptococuus bovis, Lactobacillus thermophilus, Microbacterium lucticum, Micrococcus sp.,Lactobacillus sp.等であり、低温下の牛乳中では不活性のものが多い。すなわちこれらの菌は10℃以下では生育は極めて緩慢か全く停止するので、市乳が冷蔵されている限り変敗を起こすことはない。しかし殺菌後の二次汚染菌で変敗することがあり、二次汚染菌は低温細菌のMicrococcus spPseudomons sp.が主要なものである。
 バターは無塩バターと有塩バターがあるが、無塩バターは微生物により変敗しやすい。バターは非常に細かい水滴が乳脂肪中に分散した構造になっており、内部は微生物の生育に極めて不適当な環境になっている。また、バターは酸化など化学的な変化を受けやすいため、20℃付近で貯蔵されることが多く、バターの微生物による食品製造工場に渡ってからの問題であると考えられる。
 ショートケーキはスポンジと生クリームが主な素材でこれにフルーツが添えられたものであるが、フルーツの菌数が多い。洋生菓子に用いられるフルーツとしてはイチゴ、キウイ、メロン、リンゴ、サクランボ、パイナップル、バナナ等があるが、フルーツの菌数は固体差が大きく、これは前処理や保存の条件によって大きく左右され、一般的にはイチゴ2.5×103〜5.8×105/g, キウイ1.5×102〜3.9×105/g, メロン6.8×10〜6.2×104/g, リンゴ6.3×10〜2.2×103/g,ミカン5.6×102〜1.5×104/g,サクランボ3.7×102〜1.2×104/g,パイナップル1.3×102〜7.2×104/g, バナナ1.2×102〜2.7×103/gの範囲に入る。
 フルーツの微生物は表面付着が多く、条件がよければ表皮で増殖すると考えられ、特に洋生菓子用のフルーツは加工工程中に二次汚染を受ける場合が多く、前処理と保存方法により菌数が変動する。いずれのフルーツにも製造工場での二次汚染であるMicrococcus sp.が多い。洋生菓子の原材料の細菌の菌数と菌叢を表1に示した。
表1 洋生菓子の原材料の細菌の菌数と菌叢
3.洋生菓子製造工程中の微生物
 洋菓子の製造工程はまずスポンジ生地を製造する。スポンジ生地は液全卵と砂糖を混合してミキサーで泡立て、この間に水あめ、シラップなどを加え、さらに小麦粉とコンーンスターチなど粉末副材料を混合する。これに牛乳、水、バター、油脂類を加えて型に流してオープンで約180℃で焼き上げられる。菌数はミキサーで混合し型に流し入れる直前で2.1×105/gであり、焼き上げ後で3.4×103/gとなった。次にスポンジをベースに用い、生クリーム、チョコレートバタークリーム、バタークリーム、シラップ、ジャム、フルーツ等を添えて仕上げが行なわれるが、この間に菌数は増加し、3.5×103〜1.2×104/gとなる。菌叢は圧倒的にMicrococcus sp., Bacillus sp.などの細菌が圧倒的に多い。
 洋生菓子の製造工程中の半製品や製品の細菌数と菌叢の変化を表2に示した。
表2 洋生菓子製造工程中における細菌の菌数と菌叢
4.洋生菓子製造工場の空中浮遊微生物
 洋生菓子は製造後、消費されるまでの期間が短いために酵母や糸状菌などのよる変敗は比較的少ない。しかし、原材料の細菌及び製造工程中での二次汚染菌がそのまま最終製品に移行して変敗の原因となるケースも多い。製造工程中の二次汚染微生物を検討するために、工程中の微生物菌数を測定した結果を表3に示した。多くの洋生菓子工場は各工程が仕切られておらず、小麦粉の混合、バター、油脂の混合、生地の流し込み、生地の焼成、スポンジケーキの仕上げの全ての作業が同一空間内で行なわれているため、いずれの工程においても菌数や菌叢の大きな差は認められなかった。しかし仕上げ工程においてやや細菌数が多くなる傾向が認められた。
表3 洋生菓子工場の空中浮遊微生物
ピンホールサンプラー法:ピンホールサンプラーを用いて空気53Lを吸引してシャーレに当てた菌数
落下法:シャーレ5分間開放後の菌数(細菌)、シャーレ20分開放後の菌数(酵母、カビ)
5.洋生菓子保存中の微生物の変化に及ぼす温度の影響
 製造直後の洋生菓子の菌数と5℃、10℃、15℃、20℃で24時間、48時間、72時間保存後の菌数を測定した結果を表4に示す。洋生菓子の菌数は時間の経過と共に増加するが、その要因は保存温度の影響が大きい。ショートケーキ、チョコレートケーキは製造直後では3.5×103〜6.5×103/gであるが5℃保存48時間で1.5×104〜2.7×104/g、15〜20℃保存48時間で2.8×105〜1.1×106/gとなった。 またチーズケーキは製造直後では1.2×104/gであるが5℃保存48時間で5.4×105/g、15〜20℃保存48時間で5.9×106〜5.8×107/gとなった。これらの菌叢は保存期間が短いためほとんどが細菌である。
表4 洋生菓子保存中の微生物の変化に及ぼす温度の影響
6.洋生菓子の異臭及び酸敗現象
 ショートケーキ、チョコレートケーキ、バニラロール、チーズケーキ、チェリーケーキに異臭が生成し、酸敗現象が生じた。いずれも腐敗臭はなく、酸臭が認められた。異臭が生成し、酸敗現象が生成した洋生菓子より主原因微生物を分離し、同定した。これらの細菌を分離・同定した結果、汚染源は小麦粉、コーンスターチ、砂糖等に由来するB.subtilis(ショートケーキ、バニラロール、チーズケーキ)、B.cereus(チョコレートケーキ、チーズケーキ、チェリーケーキ)、生クリームに由来するEnterococcus feacalis(ショートケーキ、チョコレートケーキ、バニラロール、チーズケーキ、チェリーケーキ)とLactobacillus sp.(ショートケーキ、バニラロール、)の乳酸菌、及び工場の空中浮遊菌に由来するMicrococcus sp., B.subtilisB.cereus ,Enterococcus feacalis, Lactobacillus spであった。洋生菓子は生クリームを利用するため乳酸菌が多い。このため多くの洋生菓子でpHが低下している。製造直後の洋生菓子のpHと5℃、10℃、15℃、20℃で24時間、48時間、72時間保存後のpHを測定した結果を表5に示す。洋生菓子のpHは時間の経過と共に低下する。一般的に乳製品が低温下でpHが低下する場合は乳酸菌に起因する場合が多い。これは乳酸菌の増殖に伴い、乳酸等の有機酸が生成されたことに起因する。
表5 洋生菓子の保存温度によるpHの変化
7.洋生菓子製造工場の衛生管理
 出来上がり直後において水分30%以上を含有する洋生菓子は生クリームを使用する場合が多いため、生クリームに由来する微生物により変敗現象が生じている場合が多い。生クリームの微生物に由来するため変敗現象は酸敗や粘敗が多い。ショートケーキ、チーズケーキ等はスポンジケーキ部、生クリーム部が主な素材で、これにフルーツその他のものが添えられたものであるが、スポンジケーキ部、生ケーキ部、その他素材部の部分により微生物菌数及び菌叢が著しく異なった。生クリームの微生物菌叢は細菌が主であるが、スポンジケーキ部では生クリームで検出された細菌以外にGeotrichum candidum,Cladosporium herbarum等の糸状菌及びSaccharomyces cerevisiaePichia anomala等の酵母が検出された。その他の素材部では使用素材により著しく異なり、フルーツの場合、共通してMicrococcus spが多く検出された。この菌は工場の浮遊微生物として多く検出されることから、多くは工場からの二次汚染菌である。工場の空中浮遊菌はその他にBacillus sp.が多く検出された。このため、スポンジ焼き上げ工程以降に増殖する微生物はMicrococcus spBacillus spが主であった。原料素材の選択及び殺菌洗浄により一次汚染菌を防止し、工場の殺菌により二次汚染菌を防止することが必須である。
 洋生菓子の品質保持は保存時間よりも保存温度であり、5℃と10℃では品質が著しく異なる。商品流通期間が短いため、温度管理が極めて重要である。
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