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「「農薬」という言葉で評価する疑問」その1.
東海コープ事業連合 商品安全検査センター長  斎藤 勲
 Sunatec e−Magazineはご存じのように著名な先生方が執筆しておられる格調あるメールマガジンです。そこに私が散文調の文章を載せるのはいささか気が引けますが、たまには変わったものが混じって、他の方の文章を際立たせるくらいの役目は果たせるのではと思っています。今回は農薬という化合物と、その名前の取られ方とのギャップについて触れていきたいと思います。
 農業現場で色々な用途をもった薬剤が「農薬」という言葉でくくられています。その中で、先ずは何かと話題の多い殺虫剤を見てみたいと思います。また、農薬について、詳しくお知りになりたい方は農林水産消費技術センターのホームページをご参照ください。http://www.acis.famic.go.jp/chishiki/01.htm
 殺虫剤:読んで字のごとく虫を防除する、殺す薬剤である。作用機作としては(1)神経系に作用して殺虫効果を示すもの、(2)エネルギー代謝阻害するもの、(3)脱皮ホルモンを活性したり、キチン合成を阻害して昆虫の生育を制御する昆虫生育制御剤等が有名です。(1)の殺虫剤には、塩素系、有機リン系、ネオニコチノイド系、ピレスロイド系等の薬剤が含まれており、ある面では農薬の功罪が凝縮された部分でもあります。
 化学合成による農薬の先駆け有機塩素系農薬DDTは、スイスのミュラーによりその殺虫活性が発見され1948年ノーベル医学生理学賞をもらった薬剤です。日常生活の中のダニ、シラミ、マラリア等の防疫用としても広く使用された薬剤でもあり、日本では戦後の防疫用に米軍が帰国者等に直接散布した写真等が印象的です。他にも有機塩素系農薬BHC(現在はHCHという正式名で使われることが多い)、ディルドリン等ドリン剤、有機リン系農薬パラチオン等が合成され広く使用され安定した食糧増産に大きく貢献したことは否めない事実です。しかし、大量に使用された結果、水には溶けにくく安定な構造のDDTは残効性=残留性があり、その結果環境中に放出されたDDTはフードチェーンの上位に位置する動物に蓄積します。1960年米国のレイチェル・カーソンの「沈黙の春」という本が脚光を浴びました。森にいる鳥のさえずりさえもがなくなった静かな森という刺激的な書き出しは、環境汚染の象徴としてとても印象的でした。ブーメラン現象として化学合成農薬の功が、環境汚染、生体内蓄積という罪として戻ってくるリスク・ベネフィットを知らせてくれた貴重な発信でもありました。
 殺虫剤はどうして虫に効くのかを考えるとき忘れてならないのは選択毒性です。先に述べたパラチオンなどは選択毒性が低く、虫によく効くが使用したヒトにも健康影響を与えると言った事故も多く発生しました。しかし、一部構造が変更されたフェニトロチオン(スミチオン)では、選択毒性が数十倍高くなる等、薬剤の改良もどんどん進んできました。パラチオン等有機リン剤は神経ガスのサリンと同じだと言われることがありますが、確かに作用機作はコリンエステラーゼ活性を阻害して神経毒性を発揮し死に至らしめる点では同じですが、神経ガスはその毒性・殺傷能力を高める様に研究され、有機リン剤は逆に選択毒性をあげる哺乳類への安全性を高めるように工夫されたものです。これはヒトとサルは同じ穴のむじなだと、変化の過程を全く見ていない説明と同じだと思います。
 最近の殺虫剤の話題は、ミツバチの突然の消失(蜂群崩壊症候群)と、使用が広がっているネオニコチノイド系薬剤との関係でしょう。色々な調査が行われていますが、本年4月に発表されて農業・食品産業技術総合研究機構(畜産草地研究所)と名古屋大学(生命農学研究科)が共同で行った調査結果http://www.
nilgs.affrc.go.jp/press/2010/0413/honeybee_index.html
が参考になります。原因として寄生性ダニ、媒介されるウィルス、農薬、栄養等複数な要因が蜂群に影響を与えている可能性があり、原因は単一ではないかもしれません。巣周辺で死んだ働き蜂の多くからネオニコチノイド剤が検出され、その7割弱はクロチアニジンが半数致死量(0.0079μg/匹)以上の濃度で検出されたとあります。ミツバチの行動範囲にその農薬の使用があったのは事実でしょう。クロチアニジンを半数致死量、1/4量経皮塗布した時の生存率は変化が見られない。水田散布時に中心部、周辺部で暴露させた群では異常は見られないとの、調査結果もあり継続的な調査が望まれます。ネオニコチノイド剤を悪魔の農薬のように言う方もいて、欧州では国によっては状況により使用制限、禁止にしているところもあり、ここのところ少々雲行きが良くない面もあります。
 しかし、農薬ハンドブック(日本植物防疫協会発行。国内登録なる薬剤を記載)にネオニコチノイド系殺虫剤が7種類記載されていますが、1剤を除いて有用生物ミツバチに影響ありと記載されています。ということはネオニコチノイド剤を使用する時には、環境を飛び回っている、あるいはハウスで受粉に使用するミツバチには注意しなさいよと言うことは販売当初から分かっていた事実でもあります。その地域全体での使い方やその棲み分けをうまく行う人間の知恵がうまく働かなかったために引き起こした面も否定できないので、使用する農家と養蜂農家が相互の情報交換、連携が求められています。また、ハウス内で受粉に使用されるミツバチにストレスがたまり、栄養状態も良くないためか働き蜂の数が減っていくとの報告もあり、使い捨てではないミツバチの立場にたった対応も求められています。
 このように殺虫剤だけを見ても、原因も複層的であり簡単に解決する問題は少なく、ひとくくりでその罪を問えない、評価できないのは明らかです。それぞれの良い点、悪い点、過去に起こった点をきちんとみて、不備な点は改良改善しながら私たちの農業生産にどうしたらうまく活かしていくか知恵を絞らないと同じ轍を踏むことになります。まさに、生物多様性条約COP10の現実的課題のようなものでもあります。
 次回は、他の農薬の作用機作、毒性評価について触れてみたいと思います。
筆者略歴
農薬と食:安全の安心、梅津憲冶 著 2003年ソフトサイエンス社
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