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食品が持つリスクの体系的な把握
農研機構食品総合研究所アドバイザー  柳本 正勝
1.取り組みの経緯
 はじめに、食品の安全性についてこれまでに研究実績のない筆者がこのような課題に取り組んだ経緯を述べる。
 その発端は、"食の安全・安心"に取り組んだことである。主な関心は安心にあった。"食の安全・安心"の安心はその意味が混乱しているので、安全に係わる心の問題は用語として安全感を用いることを提案した1)。安全感を導入すると、安全・安心の意味を明確に整理できるだけでなく、安心を定量的に表現できる長所がある。すなわち、「〜の安全性をどう思いますか」と質問しているようなアンケート調査結果を用いると、安全感指数に変換できる。具体的に6つの調査結果を用いて計算すると、安全感指数は、農薬≦BSE≦食品添加物<遺伝子組換え食品<いわゆる健康食品の順に低かった2)。科学的見地からの安全性とは異なる結果に興味を持ち、この結果をもたらしている要因を分析することにした。
 安全なはずの物質(食品)の安全性に不安を感じている要因を調べるのであるから、通常は無視しているような低いリスクを含めて、食品が持つ全てのリスクに注目する必要がある。当初"ゼロリスクの食品はない"と広く語られているので、全てのリスクを網羅した資料は作成されていると想像していたが、いくら探しても見当たらない。前述の目的でこの情報を活用するには、自分で整理するしかなかった。
2.「食品のリスク」の捉え方
 食品のリスクは食品安全委員会、厚生労働省、農林水産省で取り組まれている。その関心は、科学的証拠に基づいて規制するべきリスクに集中している。このリスクは、いわば管理対象リスクである。一方、筆者の関心は健康を損なう可能性のある全てのリスクであり、特にリスク管理の対象にならないような軽微なリスクである。
 健康を損なう可能性のあるリスクを例外なく捉えるので、食経験があることにより看過されているリスクも対象になる。通常は食品のリスクとしては捉えられない、日本人の食事摂取基準で耐用上限量が設定されている栄養素も含める。そこでは、過剰摂取すればリスクの高まることが指摘されている。ただし、あまり拡げると食品に含まれている成分が全て対象となってしまい、結局無意味になってしまう。そこで、「合理的に疑う余地のあるリスク」に絞ることにした。なお、リスク認識(risk perception)で指摘されるリスクも含めるつもりであったが、本稿では採用できなかった。
 以上のように整理を進める中で、リスク管理の対象にならないような軽微なリスクと管理対象リスクは明確に区別することはできないことが分かった。
3.「食品のリスク」の構造
 そこで、「食品のリスク」の構造をのように捉えた。ここに、リスク全体を表す「食品のリスク」は本来「食品リスク」と表記するべきである。ところが困ったことに、食品安全の専門書では、管理対象リスクがしばしば食品リスクと呼ばれている。定着している用語の意味を変更すると誤解の元になるので諦めた。「食品のリスク」は管理対象リスクと非管理リスクに大別する。ここに、非管理リスクはあまり良い名前と思えないので、基礎リスクと呼ぶことにした。なお、管理対象リスクは一般的な分類と異なるが、基礎リスクを意識して分類した結果である。また、欄外に食事状況リスクを載せてあるのは、軽微なリスクの場合、食事状況との区別が不明瞭となるためである。
 リスクの構造
 関心のある基礎リスクは、に示したように5つのリスクで構成されている。(1)食材リスク、(2)随伴物リスク、(3)過程リスク、(4)保留リスク、(5)未知リスクである。(1)食材リスクとは、食材が本来的に保有するリスクで、特に説明は必要ないであろう。(2)随伴物リスクとは、非可食部と食材に自然に混入してくる随伴物に由来するリスクである。例えば食経験では、可食部と非可食部の区別はしない。しかしながら、軽微なリスクの視点でみると両者は区別されるべきである。また、寄生虫や貝類の砂もここに含まれる。(3)過程リスクも良く知られた概念で、生産から消費にいたる過程で発生するリスクである。管理対象リスクは、主にこの部分に力点が置かれている。ここでいう過程には、農業生産過程、食品加工過程、食品流通過程、調理過程、消費過程が含まれる。細かくいうと、調理過程は産業調理と家庭調理で扱いは異なると思えるが、本稿ではそこまで踏み込まない。(4)保留リスクは、管理対象リスクと基礎リスクに分けたために必要となった構成要素である。管理対象リスクの一部は食品を特定しているために、特定されていない食品での取り扱いが微妙になる。この構成要素を設定した所以である。最後の(5)未知リスクは、やや異質に思われるかもしれないが、指摘すれば納得されるはずである。未知リスクというと新開発食品を連想してしまうのであるが、現在の科学技術では認識されていないリスクであるから、当然普通の食品にも存在する。
4.リストの作成
  以上の考察を踏まえて、「食品のリスク」の一覧表を作成した()。表頭のカテゴリーは基礎リスクの構成に準じているが、(3)過程リスクの部分を細分化し、食品安全行政関連を加えている。食品安全行政はハザードでもないしリスクでもないが、社会からはそのように理解されている面がある。また、これを含めると便利という事情もある。一方、(4)保留リスクと(5)未知リスクは、ハザード/リスクの欄で取り扱った。具体的には表側の食品安全行政関連のリスク管理の項である。
 食品のリスク一覧表
 
 表では、基礎リスクは黒字で、管理対象リスクは赤字で、そして食事状況リスクは青字で記入している。このうち、管理対象リスクは基礎リスクとの関連を明確するために載せてあるにすぎず、十分に精査した結果ではない。
 内容について少し説明を加える。表頭で「リスク」ではなく「ハザード/リスク」としたのは、リスクを網羅するとはいえ、実際にはハザードを挙げることになるためである。一方で、ハザードだけにすると、掲載出来ない例が生ずる。また、「ハザード/リスク」の欄に載せたハザードの多くは一般名で、具体的でないかもしれないが、本稿では食品全体を対象としたためである。ここで強調したいことは、食経験である。食経験は、リスク評価において重要な位置を占めている。しかし、食経験で看過されているリスクは多い。基礎リスクにまで吟味を進めると、食経験を曖昧なままにしておいて良いのかと痛感した。新しく採用した用語が2つある。一つは調理添加物で、もう一つは新規開発である。工場調理が増大した今日、食品添加物と調味料の境界が曖昧になっている。リスクを例外なく捉える立場からは、食品添加物と調味料は同列に扱うのが適切である。新開発食品でなく新規開発を採用したのは、新開発食品行政が混乱しているためである。食品安全委員会の新開発食品専門調査会は主として特定保健用食品を対象にしている。ここでいう新規開発は、EUのnovel foods(新規食品)に由来する。
 日本食品衛生学会の第99回学術講演会においてこの表を説明したが、この種の表が過去に公表されているとの指摘は受けなかった。欧米のどこかで同じ趣旨の表が作成されている可能性は否定できないものの、国が違えば事情も異なるので、極めて近いものが作成されている可能性は低い。
5.今後の展開(個々の食品へ)
 本稿では、食品が持つリスクを網羅した表を紹介した。これは、いわば総論である。今後の展開方向としては、各論すなわち個々の食品についてリスクの全体像を簡潔に説明した表の作成が重要と考えている。これまではハザードを対象に検討・措置されてきたが、食品の安全性に対する国民の目が益々厳しくなっており、これからは食品を対象に検討・措置する必要がある。特に消費者と事業者それに行政が加わった議論の場では、参照するべき資料である。食品企業が主要原料食材のリスクの全体像を把握すれば、リスクの更なる低減化策を講ずることに役立つ。何故、上述の表がこれまで作成されなかったのか不思議である。しかし、本稿で紹介したように総論の表の作成すら看過されてきたのだから、各論のそしてより詳しい表を作成する機運があるとは思えない。一方で個人が取り組むには、解決するべき問題が多く作業も膨大と予想される。どうアプローチすれば良いのか、そこから取り組みを始めている。
1) 柳本正勝:日本フードシステム学会大会報告要旨集, p.138, 2009.6.
2) 柳本正勝:日本食品科学工学会第56回大会要旨集, p.80, 2009.9.
リスクとは
兵庫県加古川市出身。1972年に大阪大学大学院を修了(工学博士)。同年、農林省食糧研究所醗酵食品部研究員。微生物資源研究室長を経て、2004年(独)食品総合研究所応用微生物部長を最後に退職。この間、農林水産省へ併任と出向(バイオテクノロジー室と技術室長)。その後JICAチーフアドバイザー、(財)食品産業センター勤務を経て、現職。日本フードシステム学会理事。
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