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官能的な側面から見た「におい」
 これまで、「においの豆知識」として幾つかお話をさせて頂きましたが、そもそも「におい」とは何なのでしょうか。「におい」は我々の生活と、どのような形で関係しているのでしょうか。
1.においの閾値
 私達は、毎日の生活の中で、意識する/しないは別として、まずにおいを嗅いでから食べ物を口に入れます。これは、においと味が密接に関連していることもありますが、その食べ物は食べても良いものか否かのチェックをしている意味もあります。これまで感じたことのないようなにおいを持つ食べ物と出合った時、それが魅力的な「美味しそうなにおい」であれば進んで口へ運び食べる幸せを噛み締めますが、「何かおかしい」と思えるようなにおいであった場合、それを口に入れることを躊躇ってしまうのではないでしょうか。腐敗した食べ物を食べると、最悪の場合生命の危機に瀕します。においで食べるか否かのある程度の判断をするという技は、危険回避の一手段として我々の先祖が進化の過程で身に付けてきた生き残るための術とも言えるのではないでしょうか。
 この危険を回避する能力と直接関係するか否かは不明ですが、我々ヒトの嗅覚は全般的に心地良いにおいと、腐敗臭など不快なにおいの閾値(においを感じることのできる最小量)を比較すると、不快なにおいの方が心地よいにおいの閾値より小さい化合物が多くあります(表-1)。つまり、不快なにおいの方を、より感度良く捉えている傾向にあるのです。

表. 不快なにおいと良いにおいの閾値の比較1)

I.腐敗に伴って生じるにおい物質とその閾値
化合物 におい 閾値(ppm)
1.硫黄化合物
 メチルメルカプタン 腐ったタマネギ 0.00007
 エチルメルカプタン 腐ったキャベツ 0.0000087
 n-プロピルメルカプタン 不快 0.000013
 硫化水素 エーテル様・不快 0.00041
2.窒素化合物
 メチルアミン 生魚臭 0.035
 ジメチルアミン 腐魚臭 0.033
 トリメチルアミン 刺激ある魚臭 0.000032
 アンモニア 刺激臭 1.5
 スカトール 糞便臭 0.0000056
3.脂肪酸  
 酢酸 刺激臭 0.006
 プロピオン酸 不快臭 0.0057
 酪酸 汗臭 0.00019
 イソ吉草酸  ワキガ臭 0.000078
4.ケトン、アルデヒド
 アセトアルデヒド
刺激臭 0.0015
 プロピオンアルデヒド 刺激臭 0.001
 アクロレイン 刺激臭 0.0036
II.香料などに用いられる、良いにおいの物質の閾値
化合物 におい 閾値(ppm)
エチルアルコール
酒類 0.52
イソプロピルアルコール フーゼル臭 26
アセトン 溶剤臭 42
酢酸エチル フルーティー 2.7
イソ吉草酸-n-プロピル アップル臭 0.000066
α-ピネン 森の香り 0.018
リモネン 柑橘香 0.038
酢酸ブチル フルーティー 0.016
2.ウエバー・フェヒナーの法則
 においの分析を行う際に良く尋ねられるのが「においの濃度(量)とにおいの強さの関係」についてです。におい物質の量が2倍になったとき、においの強さもまた2倍強く感じられるのでしょうか?
 私たちは、外界の情報を五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)から取り入れています。そのうち、視覚や聴覚、触覚は物理感覚であり、嗅覚や味覚は化学感覚に分類されます。それぞれの感覚器官によって受ける刺激が異なり、嗅覚の場合はにおいが刺激対象となります。音や光のような刺激の量は計測機器により測定しますが、においのような感覚的な刺激の量は官能評価によって測定されます。測定された刺激量(においの場合、におい物質の濃度)と感覚強度(においを感じる量)との関係は、ウエバー・フェヒナーの法則により巧く説明ができます。
 ウエバー・フェヒナーの法則とは、ウエバーの法則とフェヒナーの法則という二つの法則を合体させたものです。ウエバーの法則は「弁別閾を基点となる刺激量で割ったものは一定である」という経験則であり、フェヒナーの法則は「刺激の全領域でウエバーの法則が成り立つと仮定すると、刺激量と感覚強度の関係は対数関係で表される」というものです。つまり、感覚強度をYとして、刺激量をX、刺激固有の定数をa及びbとすると、ウエバー・フェヒナーの法則ではY=alogX+bという対数であらわされます。この関数に、感覚強度の尺度である六段階臭気強度表示法とにおい量の関係を重ねたグラフを図-1のようなものになります。
図-1 ウエバー・フェヒナーの法則
 刺激量が0からA点の範囲は、においは存在するもののにおいを感知することができない「無臭」を表しており、A点はにおいの存在を感知できる最小濃度(検知閾値)になります。B点は、そのにおいが何のにおいなのか、においの質が分かる最小濃度(認知閾値)を示します。これらの閾値が小さい化合物ほどにおいが強いことになります。更に、C点は楽ににおいを感知できるにおいの量、D点は強いにおいと感じるにおいの量を示します。E点以降になると、多少においの量が増えたとしても、感覚的にはにおいの強さの変化が判らない状態になります。この放物線の開放程度は、におい物質の特性によって異なります。においの強い化合物の場合、比較的高濃度領域まで放物線を描き、におい物質の量が増すほどにおいが強くなりますが、においの弱い化合物では低濃度領域で開放が終了し、におい物質の量が増えてもにおいが強くなりません。
 ウエバー・フェヒナーの法則を、方眼紙ではなく対数方眼紙に描くと図-2のようになります。これは、ウエバー・フェヒナーの法則IIと呼ばれますが、ここから、においの感覚強度は刺激量の対数に比例することが良く伺えます。つまり、刺激量が10倍に増えても、感覚としては2倍にしか強く感じられないのです。このことは、消臭効果について考えるときに、特に大きな障壁となります。対象とするにおい物質が100ppmであったとして、このにおい物質を97%除去して3ppmまで減少させても、においの感覚としては当初の半減にしか感じられず、また99%除去しても、まだ1/3減でしかないのです。このようなにおいの特性は、臭気を除去することによる消臭の難しさを物語っています。

図-2 ウエバー・フェヒナーの法則II

3.においとの付き合い
  においは心理・生理に少なからず影響を与えることが知られています。アロマテラピーなどで行われる精油による覚醒・鎮静作用や疲労軽減、作業効率向上、ストレス緩和、免疫向上など、においの齎す効能の利用は古の時代から取り入れられており、最近ではその科学的検証や作用機序の解明が次々と行われています。
 においは、我々に良い方向にも影響を与えますが、それが悪臭となると逆に負の影響を与えます。においは、嗅覚により感知されたにおいを大脳で識別することにより、良いにおいか否かの判断がなされます。そのため、あるにおいが「悪いにおいだ」と判断されれば、その人にとっての「悪臭」となるため、悪臭か否かの判断は個人の経験や嗜好などにも左右される存在ではあります。上述したように、悪臭は低濃度でも感知できるものが多くあり、またこれらの化合物には危険ものもあります。また、生命には影響を与えなくても不快感や嫌悪感を与えることもあります。
 移り香や腐敗による異臭など、所謂臭気クレームは、食品製造から販売、管理といった各段階のうちの何れかの段階で異常があった事を示すシグナルです。このシグナルの意味を正しく読解し、異常工程の洗い出しと修正、更には再発防止手段を講じることが大切であるといえます。
参考文献
永田好男,竹内教文:(財)日本環境衛生センター所報(1990), 17.

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