財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
HOME >環境中化学物質の食品への移行と異臭苦情 ―パラジクロロベンゼンによる食品汚染―
「食べて危ないマリントキシン」の概要と今後の課題
東京農業大学短大栄養学科 石田 裕
  私たちの身の回りには様々な化学物質が存在し、通常我々はその環境の中で生活している。その中には体内に取り込むと有害なものや、食品苦情の一因となるものも存在する。1-2)。実際に「におい」や「かおり」を呈する化学物質の中には人に不利益をもたらすものも存在する。昨今マスコミをにぎわせているものとして、食品の異臭苦情の原因物質となった、防虫剤p-ジクロロベンゼンや溶剤トルエンなどがあげられる。特にいわゆる防虫剤様臭気を有するp-ジクロロベンゼンについて食品への移染の可能性があり注意喚起を行ってきたが、ほとんど反響がないまま今日に至った。しかしここにきて新たに社会問題として紙上をにぎわすこととなり、化学物質過敏症との関連でも多くのメディアに取り上げられるようになってきた。
  今日、「食品の安全・安心」があらゆる面で要求され、現実的な対応が必要とされている。学生を対象に行った「食の安全・安心に関する意識調査」では昨今の情勢から、「食品の不適切な取り扱い」や「賞味期限」などを多くの人が問題点としてあげている。このことは食品苦情についても、いわゆる「腐っている」という不安より、「何か分からないものが入っている」といった不安要因を包含する「異物混入」や「薬品臭がする」などの苦情が増えていることと関連しているように思える。特に人は「食品本来の持つにおい」とは異なる「化学物質のにおい」を敏感に感じとるようである。これらのことから食品に異臭味を付与する物質の含有量ならびに食品への移行経路や調理加工による消長等を明らかにする必要がある。以上のことから環境中の揮発性化学物質による食品汚染に関して実際に食品を対象として、吸着特性や調理による消長、容器包装の材質に拠る透過性の違いなどを明らかにし、人への摂取の可能性と、異臭味によるクレームの発生の可能性について示すこととした。
1.食品苦情の原因となる化学物質と感覚
  食品苦情については単に臭気を嗅いで異常を訴えてくることもあるが、実 際に喫食することにより異臭味を感じた場合に起きることが多い。感じ方としては口に含んだとき、あるいは咀嚼した時にこれまでに味わったことのない違和感を認め、さらに口腔内で温められ、異臭の原因となる物質が鼻腔内の嗅細胞にある受容体に作用し、細胞内のタンパク質を介して嗅神経に伝達されるといわれている。鼻腔内の嗅粘膜には直径40〜50ミクロンの嗅細胞がありヒトでは約4千万、犬ではその10〜20倍の嗅細胞がある。また嗅細胞の先端には10〜30本の線毛があり、これが臭気物質にふれるとそのにおいに対する応答を生じる。また受容体の数も豊富であり数種の受容体を通過する組み合わせにより、人は数千種類のにおいをかぎ分けることができるといわれている3)。また嗅覚と味覚は、密接に連携しており、これらの感覚情報はともに脳へ送られ、脳で統合されることにより総合的に正常か異常かの判定がなされることになる。風味を識別するためにはにおいと味の情報が必要であり、その両方の情報により詳細な判別が可能になる。さらに人は脳におけるにおいの記憶により、それまでに経験したさまざまなにおいをもとに認識してかぎ分けることができ、たとえば経験的に記憶されている防虫剤の臭気を食品から感じ取ったときは瞬時に異常と判定することになる。
2.p-ジクロロベンゼンの食品への迷入と調理後の残存
  著者らは食品苦情の解明を行う中で、防虫剤としてよく用いられているパラジクロロベンゼン(p-DCB)を実際に食品から検出し、今日の事件と同様、薬品臭クレームの原因物質であることを明らかにした1)。そのなかでなぜこのような事態が引き起こされたのか実際の食品を用いて検討した。まず実際の苦情食品、たとえば即席麺や揚げせんべいが、本当に薬品臭を呈するのか否か、またその臭気からどのような物質が想定されるかについて、官能評価を行い、その結果、複数のパネルから防虫剤様臭気を認めるとの回答を得た。そこで想定される物質として、p-DCB、ナフタレン、カンファーなどを測定し、油揚げ乾燥即席麺から1000mg/kgを超えるp-DCBを、また揚げ煎餅からも数百mg/kgを検出し、質量分析計(GC-MS)による測定でp-DCBであることを確認した4)(Fig.1)これまでの代謝に関する研究では摂取されたp-DCBはグルクロン酸抱合され排泄されるといわれてきた5,6)。しかしドイツではその安全性に疑問が持たれ、トイレタリーとしての使用が禁止されたが、日本ではまだ日常的に用いられている。また最近のOECD SIDS (Screening Information Data Set) Initial Assessment ReportではNaylor.NWらのビーグル犬を用いた1年間の投与実験(1996)で雌雄に貧血、脾臓の髄外造血、胆管増生、腎尿細管上皮空胞化が見られたと報告している。そこでなぜこのような物質が食品から検出されたのか、この点を明らかにするためにいくつかの実験を行った。苦情食品の成分についてみると、いずれも脂質含有量が15%以上と高い食品であった。そこで食品を構成する主な成分として、脂質、たんぱく質、炭水化物をあげ、その代表的な物質としてオリーブ油、カゼイン、可溶性デンプンを用いp-DCBを封入した密閉容器内で吸着活性試験を行った。その結果オリーブ油はカゼインや可溶性デンプンと比較して1000倍くらいのp-DCBを吸着することが明らかとなった。(Fig.2)この結果から、油揚げ乾燥麺(脂質15.4%)と熱風乾燥麺(脂質1.4%)を試料として同条件で吸着量の比較を行ったところ、前者は数千mg/kgの吸着がみられたが、後者は数mg/kgとわずかであり、吸着量に明らかな差が見られた。また開封された苦情食品と共に持ち込まれた未開封の対照品にも異臭が認められたことから、包材のp-DCB 透過性が疑われた。そこで容器包装に一般的に用いられているポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)とPPの複相フィルムを用いて透過性を比較した。その結果PEはほとんど透過阻害が見られず、PPではわずかに、またPET/PPラミネートフィルムでは強い透過阻害が認められた。(Fig.3)この結果は、最近マスコミをにぎわしている容器入りカップ麺の異臭クレームの原因を推定する重要なキーとなっている。すなわち紙は繊維間に微細な間隙のある物質であり、毛細管流れ現象により揮発性臭気物質は移動する事から、二重であってもガスバリアー性は低いと考えられる。またカップ全体がPP包装がなされてはいるが0.015mmとごく薄いため拡散流れ減少によりフィルム内を短時間に移動して食品へ移行したことが考えられた。市販カップ麺の麺についても表示をみると味付け油揚げ乾燥麺となっているものがほとんどであり、吸着しやすい脂質含有量が高いことも、異臭苦情の発生につながったものと推測された。更に吸着したものが調理操作によって低減可能か否かについての検討を行った結果では、ゆでる調理操作では20%程度しか除去されないことが明らかになった。(Fig.4)
3.まとめ
  それではいかにすればこのような事態を防げるのかということであるが、まず製造側としては、それぞれの食品そのものに適合する包装素材を選ぶことも重要だが、その際に、想定される揮発性化学物質に対しガスバリアー性の高いフィルムの使用を考慮に入れておくことも大切である。また流通および消費者はこれらの化学物質と食品の混在を絶対に避けることが必要であり、これについては最近のテレビコマーシャルでも喧伝されているとおりである。また食品の表示にもこのような対応がなされるように苦情の低減という意味でもよい方向に向かっているといえよう。此の度p-DCBによる異臭事件が実際に起こってしまったが、公衆衛生上は危害の発生を未然に防ぐことが大切で、p-DCBの他にも、トルエン、スチレンモノマーやホルムアルデヒドなど食品を汚染させる可能性のある化学物質は環境中に多く存在することから挙動を明確に把握しておく必要がある。これまでにいくつか研究結果を開示すると同時に注意喚起をしてきた。しかし実際にはほとんど生かされなかった。今日、本稿を読まれた方は是非多くの人に伝えていただければ多くのみなさんの「食の安全・安心」に対する考え方もさらに深まることでしょう。
参考文献

1)石田裕 杉山法子 高畑薫 八藤真:p‐ジクロロベンゼンの食品への移行及び調理後の残存について 、食品衛誌 35,3,305〜309(1994)
2) 平山晃久、加島淳子、渡辺徹志:水道水及び市販ミネラルウォーター中のホルムアルデヒドの含量、食衛誌、34,3,205〜210(1993)
3)小野田法彦:脳とニオイ−嗅覚の神経科学28〜58;共立出版(2000)
4) 石田裕 杉山法子 高畑薫 八藤真:食品中のp‐ジクロロベンゼンの簡易迅速測定法,食品衛誌 34,434〜438(1994)
5)Azouz,W.M., Parke,D.V., Williams,R.T. ;Biochem.J.;Studies in Detoxication,The Metabolism of harogenobenzens, Ortho-and Para-Dichrolobenzens, 59,410-415(1955)
6)Parke,D.V.,Williams,R.T.,Azouz,W.M.; Biochem.J.; Studies in Detoxication,(a)The Metabolism of harogenobenzens. (b)Farther of servations on the Metabolism of chlorobenzens ,59,415-422(1955)

筆者略歴
石田裕 (イシダヒロシ)  博士(農芸化学)・管理栄養士
東京農業大学農学部栄養学科卒業、東京都食品衛生協会に入社、東京食品技術研究所で試験検査業務に携わる。その間食品苦情分析を中心に試験研究技術の向上を図った。その後東京京農業大学短期大学部栄養学科に移り、食品衛生学、調理科学、食品材料科学などを中心に講義および実験を担当している。 また現在は食環境科学研究室教授ならびに栄養学科長として教育・研究にあたっている。
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