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においの豆知識 カビ臭とカビについて
 6月、7月は全国的に梅雨入り・梅雨明けを経て暑い夏が到来する時期でもあります。日本特有の、湿度の高い夏を迎えるこの時期は、カビ臭に関するクレームが増える時期でもあります。カビ臭の原因物質にはどういったものがあるのでしょうか。また、どのようにしてカビ臭は発生するのでしょうか。
 今回は、カビ臭に注目したいと思います。
1. そもそも、カビとは
 カビは、菌糸と呼ばれる細長い細胞からなり、胞子によって増殖する菌類のひとつです。私達の生活空間においては、梅雨、台風に代表される湿気の多い季節、或いは食物、衣類、浴槽の壁などの表面のように湿気の多い場所に発生します。カビは温度が25度〜30度、湿度が80%以上で栄養分があるところ、しかも風通しの悪いところによく育ちます。
 「カビ」という言葉は、糸状の体を持つ菌類の総称であり、例えば普段キノコと呼ばれる大型の子実体を持つ菌類でも、その栄養体である菌糸のみを見た場合、「カビ」と認識されるように、比較的ざっくりとした分類になり、「カビ」を生物学的に分類するのは非常に困難なものになります。通常は、菌類のうち、キノコのような子実体を形成するもの、及び酵母を除いたものをカビとして扱います。
 カビは、自然界最強の発がん物質として有名なアフラトキシンなどのマイコトキシンを産生して人間にとって脅威を与える傍ら、ペニシリンに代表されるように抗生物質を我々に与えます。また、カビは酒造りには欠かせない働きを見せてくれますし、チーズ・かつおぶしの熟成など多方面に利用されています。
 このように、我々に恩恵も脅威も与えるカビですが、「カビ臭」に関しては、全般的に嫌われる傾向にあります。カビ臭に関与する化合物は、官能閾値が低く、極僅かな量でも違和感を覚えるものが多いのが特徴です。また、カビ臭と表現されるにおいは1種類の物質から成立しているものばかりではなく、アルコール、テルペン、エステルなど多くの化合物の組み合わせにより、カビ独特のにおいがする場合もあります。カビ臭と表現されるものについては、その由来により大きく3つに分類できます。
2.  2,4,6-トリクロロアニソール(TCA)
 2,4,6-トリクロロアニソール(以下TCA)に代表されるハロゲン化アニソール類は、極めて低い官能閾値と昇華性を有するカビ臭の原因物質です。その発生原因は、木材用防黴剤である2,4,6-トリクロロフェノール(以下TCP)を、Fusariumu属などの一部のカビがO-メチル化することにより無毒化して繁殖する過程にあります(図-1)。この過程で発生するTCP のO-メチル化物であるTCAがカビ臭として広く知られるようになりました。TCAによる汚染は木材のTCP汚染のほか、生水の塩素処理時、あるいは配水システムを用いた輸送時に発生することが報告されています。
図-1 TCA生成機構
 ワインのオフフレーバーとして有名なカビ臭もTCAが原因物質なのですが、これはワインそのものではなく、コルク栓が原因になります。コルク栓の原料であるコルク樫に防虫・防黴剤として散布された残留TCPや、コルクの塩素漂白時にコルク中のフェノールが塩素化され発生したTCPを一部のカビがTCAに変換して、これが内容物に移行するものです。また、日本酒においてもカビ臭が発生することがありますが、これは日本酒を製造している樽がカビに汚染されたり、製麹工程で麹によりTCPからTCAに変換されるほか、清酒貯蔵中にも木製パレットから汚染されるとの報告があります。この対処策としては、木製パレットに対して次亜塩素酸消毒をしないことが挙げられます。
 最近では、TCPの使用量は減少しましたが、その代替剤として2,4,6-トリブロモフェノール(以下TBP)が用いられるようになりました。TBPは、防黴剤のほかに難燃剤などとしても用いられていますが、特に防黴剤としてはTCPと同程度の能力を有し、尚且つ毒性が低いため使用が拡大しています。TBP はTCAの場合と同じく、同様にある種のカビによりO-メチル化を受け、カビ臭を有する2,4,6-トリブロモアニソール(以下TBA)を生成します。TBAもTCAと同様官能閾値が低く、今後はTBAによるカビ臭汚染についても注意が必要になります。
3.  ジェオスミン及び2-メチルイソボルネオール
  水道水の異臭被害では、その表現がカビ臭とされるものが多数あります。水道水で認められるカビ臭の原因物質は、水源となる水域に生息しているカビのほか、Phormidimu 属などの藍藻類や放線菌の代謝により生産される2-メチルイソボルネオール(以下2-MIB)及びジェオスミンであることが確認されています(図-2)。ジェオスミンはカビ臭の他に土臭と表現され、また2-MIBは墨汁臭と表現されることもあります。
図-2 2-メチルイソボルネオール(以下2-MIB)及びジェオスミン
  放線菌は1つの菌体からジェオスミン及び2-MIBを産生するタイプと、どちらかのみ産生するタイプに分類され、環境因子などにより産生する成分や産生量は変化するとされています。水道水におけるカビ臭問題は、水源である湖沼・貯水池などの停滞水域の富栄養化が進行し、藍藻類や放線菌の異常発生、増殖が起きることにあります。ジェオスミン及び2-MIBは、先述のTCAと同様に官能閾値が低く、極僅かな量でも人に感知され不快感を与えるため、カビ臭対策として高度浄水処理の導入や活性炭投入などの対策をせねばならぬ水道事業者もあり、問題となっています。
 また、水道水のみならず、魚からカビ臭がする場合もあります。このような例は養殖魚や川魚において散見されるのですが、これは養殖水域が何らかの原因により水質の富栄養化が進み、ジェオスミンや2-MIBを産生する藍藻類が発生し、これを魚が食べたことが原因と思われます。生の状態で異臭を感じなくても、加熱することによって異臭を感じるようになることもあるようです。
 最近では、ウォーターサーバーにおいて、カビ臭がするとのクレームがあり、それを調査したところ2-MIBが検出されたとの報告がありました1)。恐らくサーバー内の殺菌が不十分で、放線菌などの繁殖があったものと考えられます。また同様に、ペットボトルに入っているミネラルウォーターについてもカビ臭いとのクレームがあり、この事例ではペットボトルのキャップ裏が変色しており、微生物による汚染が観察されています。水源のみならず、水を取り扱う製造工場等においても、微生物管理の徹底の必要性が伺えます。
1. そもそも、カビとは
  上述したハロゲン化アニソール、ジェオスミン及び2-MIB以外にも、カビが産生するアルコール、エステル、ケトン、その他炭化水素などが組み合わさり、それぞれのカビに特徴的なカビ臭が構成されます。貯蔵農産物の品質に関して、カビの発生と変色粒やカビ臭のモニタリングや、カビ臭の増加とマイコトキシン産生との関連についても広く研究されています。穀類で認められる代表的なカビ臭には1-オクテン-3-オール、3-オクタノンなどが挙げられ、これらはPenicillium roquefortiP. chrysogenumAspergillus niger など多くのカビが産生することが判明しています。
 カビを利用して作られる食品などにおいて、カビ臭はオフフレーバーではなく寧ろ風味に大きく関与します。例えば、チーズのフレーバーの一部はカビが産生する揮発物質であるし、上記の1-オクテン-3-オールは別名マツタケオールと呼ばれるもので、日本人にとっては好ましいものであるが、外国人にとってはテルペン臭として好ましくないにおいに分類されます。食品における「腐敗」と「発酵」の定義においても同様のことが云えるが、「好ましいかおり」と「異臭」もまた、人間の価値基準により便宜的に決まるものであり、状況により使い分けなければならなりません。
5.まとめ
  カビは、抗生物質や各種発酵食品など、恩恵を齎してくれる存在ではありますが、マイコトキシンのように毒をも与える存在であり、そして「におい」という、我々の心身に影響を与える部分においても良/悪併せて関与する存在です。必要な部分においては、製造者レベルでも個人レベルでも衛生状態を良好に保ち、思わぬ異臭クレームや不快な思いとは無縁な生活を送りたいものです。
参考文献
1) 貞升友紀ら.食品の苦情事例(3)異味・異臭. Ann. Rep. Tokyo Metr. Res. Lab. P.H., 52, 149-153, 2001
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