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三重県の魚類養殖の現状
三重県水産研究所 水産資源育成研究課 主席研究員 井上美佐
 マダイ、ブリ、ヒラメ、トラフグ、クロマグロ、カワハギ、ウマヅラハギ、マアジ、シマアジ、マアナゴ、ウナギ、カサゴ、スズキ、マハタ、クエなど、様々な魚類が三重県では養殖されています。最近、養殖尾数が増えてきているのは、クロマグロ、カワハギ類です。養殖業は三重県南部で盛んで、多様な形状の海岸線を活かし、魚種やそれぞれの成長段階に合わせて育てる海域を使い分けています。四国・九州地方でも養殖業は盛んですが、三重県では個人経営の規模の小さい業者さんが多いのが特徴ともいえます。そのため魚種も多岐にわたり、それぞれ工夫を凝らしておいしく健康な魚となるように飼育しているのです。
 養殖魚の種類といえば、ブリ(ハマチ)、マダイ。このようにお答えになる方が多いのではないでしょうか。ブリの生産量のうちの約75%、マダイは約84%が養殖魚なのです。近年は、先述のように多くの魚種が養殖されるようになってきています。養殖は季節や天候に関わらず、魚を出荷できる利点があります。また回転寿司のメニューでも分かりますが、多様な種類の魚があると、いろいろな味を楽しむことが出来ます。またクロマグロなど天然海域の魚の資源保護のため漁獲規制などが行われている種類もあることから、日本人の多様な魚食のニーズに合わせるため、稚魚を生産する施設や養殖業者が試行錯誤を繰り返し、養殖できる魚種を現在でもどんどん増やしていこうとしています。養殖漁業はまだ新しく、発展を続けている漁業なのです。
写真1 静かな漁村と養殖漁場
写真1 静かな漁村と養殖漁場
  しかし、養殖は淡水魚と海水魚では歴史の長さがまったく異なります。淡水魚の代表的魚種であるコイや金魚はすでに1000年以上も脈々と養殖が続けられていますが、海水魚は昭和3年に香川県の野網和三郎さんが引田町の安戸池でブリ(ハマチ)の幼魚を入れて飼育したのが始まりとされています。春、流れ藻に付いて黒潮を北上してくるブリ(ハマチ)の幼魚を捕獲し、瀬戸内海で余るほど大量に獲れるイワシをやって育てたそうです。その頃の養殖施設は築堤式という壮大なもので、湾の入り口を仕切ってその中で魚を育てるというものでした。それではエサやりや魚を取り上げる作業に大きな労力がかかりますし、そのような使い方のできる場所もそんなにあるわけではありません。昭和30年代の後半頃から、ちょうど夏の夜に使う蚊帳のような形をした網生け簀が使われるようになりました。網生け簀は上部の四辺をフロート(浮き)のついた鉄製(あるいは木製)の枠にくくりつけてあり、そのフロートは流れていかないように海底の大きな重りに結わえ付けられています。これなら、魚の様子がよく観察できて、エサをやるのも楽です。それに網ごと手繰って揚げてくることが出来るので魚の出荷で取り上げる作業も少人数でできます。現在はクロマグロを養殖するための大変大きな網生け簀なども取り入れられています。
 昭和30年代はブリ(当時はハマチと呼ばれていました)が養殖魚のメインでしたが、40年代になるとマダイに切り替える業者が増えてきました。ブリはとても成長が速い魚なのですが高い水温を好み、どちらかというと病気や寄生虫に弱い種類です。それに養殖に使う稚魚は今でも養殖が始められた当時と同じく流れ藻についてやってくる天然魚を取ってきて養殖しています(専門に稚魚を採捕する業者もいます)。しかしマダイは適水温のはばが広く、病気や環境の変化に強く比較的飼育しやすいのです。マダイは人の手で親マダイを産卵させて稚魚を作り出す技術ができたため(人工種苗生産技術といいます)、稚魚を安定的、計画的に入手することができるようになりました。このため西日本の養殖産地の多くでマダイ養殖が拡大することにつながりました。 
写真2 出荷を待つ(マダイ)

写真2 出荷を待つ(マダイ)

  養殖魚のエサは、養殖が大々的に始まった昭和30年代は、生エサとして大量にとれる魚をそのまま、あるいは冷凍したものを与えることがほとんどでした。
 しかし、天然海域で様々な魚を餌とするのとは違い、人間や漁獲の都合でエサとなる魚の種類が限定されたりするので、栄養的に偏ってしまいます。また生エサからはドリップという汁が出て、海を汚染することも問題となりました。そこでエサとなる魚を乾燥させて細かく砕き粉状にした魚粉が出てきました。この魚粉を主原料としビタミン類をはじめとする栄養剤を添加した粉末状の配合飼料に、生エサを加え、練って成形した「モイストペレット」が開発されました。養殖業者さんは養殖している魚のサイズや成長段階、水温などに合わせて、モイストペレットにいろいろな工夫をこらし、給餌してきました。モイストペレットは魚の状態や求める身質に合わせて組成を変化させることができるので、現在でも使用されています。
  モイストペレットの次に登場したのが、ドライペレットと呼ばれているエクストルーティッドペレット(以下EPと記す)です。これは魚粉にミネラルやビタミンなど魚の成長、健康維持に必要とされる栄養素を混合した配合飼料をエクストルーダーという高い圧力をかけて成形する機械に通して作成したもので、ドッグフードやキャットフードと同じようなものです。高圧下から通常圧に押し出されることで、中身は空気の細かい泡を含み、海水中ですぐに沈むことなく、海中に漂うように浮いていることができます。エクストルーダーを通すことで、高熱により原料が殺菌されること、製品の大きさや形を様々に変化させることが出来ること、常温での保存が可能で、しかも軽いことから多くの養殖業者さんに使用されています。EPは飼料メーカーにより、魚種及びその成長段階ごとに栄養バランスを考慮したものが販売されています。
  金魚やコイ、あるいは熱帯魚など(犬や猫でもですが)を飼っていても分かりますが、飼っている動物や魚が病気になるときがあります。養殖魚も然りです。病気になったからといってほっておく訳にはいきません。養殖業者さんにとって、魚は大切な資産ですから、治療を行います。病気の原因も寄生虫がついたり、入っている数が多すぎて擦れてしまったり、細菌やウイルスだったりといろいろです。治療方法としてはエサを止めて様子をみたり、淡水浴させたり、飼育密度を減らしたり、病魚を取り上げて処分する、投薬するなど様々な方法があります。水産研究所で病気の診断を行い、どの方法がよいかを検討したうえで対策を行います。投薬する場合は、「水産用医薬品」として定められているものを使います。でも泳いでいる魚にどうやって薬をのませるのでしょう?これは、与えるエサに練り込んだり、しみ込ませたりして食べさせます。近年はワクチンを接種する魚も増えています。魚にワクチン(予防接種)?と思われる方も多いかもしれませんが、魚にもワクチンがあります。病気にかかりやすいブリ(ハマチ)やシマアジなどに効果をあげています。ワクチンには食べさせるワクチン(薬と一緒のやり方です)と浸漬するワクチン(お風呂のようなところにワクチンを溶かして魚を一定時間漬けます)と注射するワクチンがあって、注射ワクチンは人間と同じように1匹1匹、手作業で注射していきます。
  昔の養殖魚は脂くさく、ぎとぎとしていて食べられたものではないというような評価が多かったのですが、現在の養殖魚の品質は昔と比べて格段に進歩しています。家畜化された鶏や牛・豚を充分においしいと思う人が多いように、養殖魚も嗜好に合わせ、よりおいしい身へと品質改良の努力がなされています。養殖魚の流通量は魚種によっては、天然魚をはるかにしのいでいますから、召し上がっておられることも多いのではと思われます。
 品質だけでなく、コストダウンの努力や健康に飼育できる飼育技術、病気を予防する技術開発なども進められています。三重県水産研究所では、魚種、水温や成長段階ごとの適正給餌量の試験や飼料の組成の検討、機能性成分を利用した品質改良を行っており、よりおいしく健康な身の魚になるよう試験をしています。また薬を使わない病気対策としてワクチンの開発に取り組んでいます。また養魚飼料の原料となっている魚粉の削減を目的として植物由来の代替たんぱくや代替脂質などの研究も行っています。また人間にとってはゴミになってしまう魚のあら、醤油かすなどを利用した飼料の作出なども行っており、養殖業を取り巻く状況は日進月歩で進んでいます。
写真3 わーい えさかな?

写真3 わーい えさかな?

  養殖魚が生け簀の中で泳いでいるのをご覧になったことがありますか?マダイの体やヒレは夕焼け空のように茜色にそまって美しく、眼の上や体表に点々とある青が光を反射させてキラキラと光ります。ブリ(ハマチ)はいつも円を描くようにぐんぐん元気よく泳いでいます。エサをやると、水を跳ね上げてバシャバシャと喜びます。ヒラメは眼だけをきょろきょろさせ、エサを目がけて飛びかかってきます。トラフグはエサを味わうかのように食べ、カワハギはいつもちょっと困ったような目線でこちらを観察し、クエは顔を水面上まであげて、あいさつとエサの催促をしてくれます。大きな生け簀を悠々と泳ぎ回るクロマグロは船が近づいていくと、その速度を増して生け簀の周りが波立つほどになります。小離鰭の鮮やかな黄色が青黒く見える巨体に目立って、可愛らしくさえ思えます。
 養殖業者さんは魚を見ている中で、魚の泳ぐ様子やエサの食べ方、海の色や潮の具合などから、今、魚がどういう状態であるのかを判断していかなければなりません。自分の魚を自分の力で育てて、食べ物として販売していかなければなりませんから、それはとても責任のある仕事だと考えます。計画的に生産し、販売でき、品質に工夫を込めることのできる養殖業は未来永劫無くなることのない産業だと思います。将来は人間が宇宙に出て生活していくこともあるでしょう。そのときにもきっと傍らには魚が泳いでいるのではないでしょうか。今後も養殖業者さんが、健康で美しく幸せに育てた養殖魚を出荷し続けられるように、私どもも精一杯協力していきたいと思います。
参考資料
・三重県水産研究所ホームページ
・健康と魚の白書 21世紀の水産を考える会編  成山堂
・養殖魚安全宣言への道 21世紀の水産を考える会編 成山堂
・改訂 魚類の栄養と飼料 渡邊 武編 恒星社厚生閣
・海面養殖と養魚場環境 渡辺 競編 恒星社厚生閣
・海産魚の養殖 熊井 英水編著 湊文社
・水産物の安全性 牧之段保夫・坂口守彦 編 恒星社厚生閣
筆者略歴
平成2年 三重大学 水産学部水産学科卒業、三重県庁入庁
現在、三重県水産研究所 水産資源育成研究課 主任研究員
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