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中国における農薬使用状況と残留農薬分析の現状
東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤 勲

 2007年末から2008年初めにかけて発生した冷凍餃子事件は、3月27日の報道で天洋食品の元臨時従業員が逮捕され、待遇の不満から殺虫剤を冷凍庫に忍び込んで注射器で注入したと供述しているとの報道が飛び込んできた。詳細は現時点では定かでないがこの事件の経緯は見守っていきたい。
 中国では2002年の冷凍ホウレンソウ残留農薬問題以降、いろいろな問題が発生し、消費者からみると何をしてくれるか分からない国信用できない国といったイメージがいまだに払しょくできない状況が続いている。しかし、昨年度国内総生産GDPでは日本を抜き世界第2位となり、貿易輸出額でもドイツを抜き世界第1位となっている超大国でもあり隣国でもある。中国から輸入される農産物、食品はそれぞれの事件の発生のたびに大きく落ち込むが、現在では価格面で有利な業務用食材を含め表面には見えないがそれなりの回復をしているのが実情である。
 2007年8月の本メールマガジンでアジア食品安全研究センターの佐藤元昭さんが「中国における食品安全と検査状況」を掲載されているが、今回は、現在の中国での農産物生産における農薬使用の状況とそれを監視する残留農薬分析の現状について最近報告された資料や日中農薬残留分析交流会での情報から紹介する。ただし、2002年以降は中国から日本へ輸出される商品については中国国内で消費される商品流通とは別次元で管理運営されながら維持されている又はされつつあることは念頭に入れておいていただきたい。

農薬使用状況

 中国でも1960年代から1980年代は殺虫剤として有機塩素系農薬BHC、DDTや有機リン系農薬パラチオン、トリクロルホン、ジクロルボスなどが広く使用されていた。1971年(昭和46年)日本ではBHC等の使用が禁止されたが、中国では12年後1983年(昭和58年)にBHCやDDTの製造が禁止された。中国としては製造を禁止する措置(点の管理)は取れても、中国国内での使用を禁止(線または面の管理)できるまでの管理はできていなかった。そのあたりの状況を裏付けるものとして、農薬で高濃度に汚染された食材での食中毒事例報告も多い。自殺目的の中毒事件が多いが、1987年香港で中国からきたメタミドホスに汚染された白菜で食中毒が発生、1991年山東省でパラチオンに汚染されたニラにより120名が中毒、1998年にはパラチオンに汚染されたニラを食べて死亡例を含む中毒事件も発生するなど、原因は不用意な使用方法であるが食材を通じて有機リン中毒になる事例が発生している1)。2000年中国農業部が都市部における約1300件の抽出検査を行った結果約3割が基準値を超過していたという。しかし、2002年以降の中国の農薬の規制は着実に進み、2004年1月には農業部第322号告示でメタミドホス、パラチオン、パラチオンメチル、モノクロトホス、ホスファミドンの5種類の高毒農薬削減を決定、2007年1月から全面的に使用禁止した。2006年11月には農産品質量安全法の実施、2007年12月には農薬登録管理制度改革が進められ、実質的に点から線への管理が進みつつある。2008年1月冷凍餃子事件が発生してメタミドホスが注目されていたころ、本来使用禁止となっているはずのメタミドホスを積んだトラックが道路で横転して周辺を汚染するという笑えない事故も発生しているが、こういった事故を経て少しずつ管理状況は改善されていくのだろう。
 農薬の管理体制と仕組みも、(1)法律(農業法、農産品質量安全法、食品安全法)、(2)行政法規(中華人民共和国農薬管理条例、同実施方法)、(3)部門法規(農薬登録資料規定、農薬ラベルと説明管理方法、山地安全管理方法、農産品質量安全検測機構考核方法、緑色食品表示管理方法等)、(4)地方法規(湖南省農産品質量安全管理方法等)と整備されてきており、中国農業部では、2008年農薬登録管理年、2009年農産品質量安全取締り年としてそれぞれ監督管理を強化している。それらを反映してモニタリング検査の結果は着実に改善されている。
 農薬の使用状況も変化しつつある。2000年には60%を超えていた殺虫剤の使用が2008年には34.7%となり、生産現場での労働軽減も反映して除草剤の使用が倍増しほぼ殺虫剤と同レベルの32.4%まで増加してきている。現在販売許可されている農薬には、農薬生産許可番号、農薬産品標準番号、農薬登記証番号など三証と呼ばれる表示が袋に掲載され管理されている。現在、正式登録されている農薬の有効期間は5年間である。
 残留農薬の基準として国家標準GB(GUO BIAO)があるが、中国国家標準化管理委員会で審査、国家質量監督検験検疫総局、衛生部と共同して発布されている。他にも、地方標準、業界規格(農業の場合はNY)といったものもあり、地方の質量技術監督局が地方特産品に、又は生産メーカーが監督行政部門の許可を得て農薬を使用する際の目安のような基準もあるが、上位基準があればそれが優先する。国家標準としては2005年にGB2763-2005には野菜で49種類、果物で72種類の農薬に限度量値(MRL、残留基準)が設定されているが、カルベンダジム(日本では登録はないが中国では一般的に使用されている。ベノミルやチオファネートメチルの分解物でもある。)等では最大14品目に基準が設定されているが、多くは数品目に限られている。その後も農業業界規格NYとして、2007年(野菜で14種、果物で16種)、2008年(野菜で19種、果物で20種)、2009年(野菜で24種、果物で22種)と多くの農薬に基準値が設定されつつあるが、限度量値は760項目にすぎない。
 では中国の商品は危なくて買えないのか?そうではない。国内市場と国外市場の対応が2002年冷凍ホウレンソウからのクロルピリホス等基準超過問題やポジティブリスト制度移行に伴い、輸出農産品、加工品に対する対応は格段に進んできている。地方の農産物や一部加工して輸出する工場などで話を聞いていると、ポジティブリスト制度に伴い日本の厚生労働省が作成した説明のパワーポイントの資料が中国語に訳された本で講習を受けていたり、中国の残留基準の少ないことを尋ねると、そんなことよりも日本の基準のどこを守ればいいのかといった積極的な質問が返ってくる。日本の望む方向で商品を管理生産するから大丈夫ということなのだろう。確かに、大手では圃場管理、農薬管理をはじめ日本にあった仕組み作りで農産品などを輸出する体制はかなり整ってきており、意図的な事件さえ起きなければ残留農薬等で問題を起こさない品質管理された商品が日本に送られてくる状態にはなっていると言えるだろう。

残留農薬分析の現状

 中国での残留農薬検査というと輸出入の検査にかかわる検験検疫局CIQの技術センターがよく知られている。国家質量監督検験検疫総局AQSIQのもと、全国35か所の直轄のCIQがあり、さらに268か所の輸出入食品検験検疫実験室、300か所近くのCIQ支部局と200か所あまりの事務所を有し、約7000人の職員が食品検査業務にかかわっている。どこの省へ行っても検験検疫局の建物は高層ビルでそれに付随する検査部門も立派な建物が多い。山東省のCIQ技術センターを例にとるとISO/IEC17025:2005とILACG13:2000 を取得し管理運営され、国家認定の実験室であるCNASとCMA認可を受けている。他にも韓国から国外公認検査機構の認可を受けたり、有機食品検査機構の資格、消費トラブル処理実験室資格等数多くの資格を取得し玄関に多数の資格証書が飾ってある。職員も194名中研究員6名、高級職称55人、博士30人、修士84人等高学歴職員で固められている。広い中国でそれなりに管理運営するにはこういった資格制度社会でないと回らないのかもしれない。どこへいっても感ずるが、分析機器の整備もトップクラスであるが、稼働率という点ではショールームの様な感なきにしもあらずである。
 国内的には農業部サイドが2005年900億円の予算で全国農産品質検体制構築企画を実施し全国的な検査体制の構築を図っている。モニタリング調査は2001年から行っており、2003年には全国37直轄市、指定都市と州都で、2009年には90都市で野菜、果物、食用菌と茶葉等について年間20000件前後の検査がなされている。野菜中残留農薬モニタリングの合格率は、2003年 82.2%、2004年91%、2006年93%、2008年96.5%と着実に改善されている。また中国国内で輸出農産品の品質が世界レベルにあるデータとして使用されているのが、意外にも日本の検疫所の検査データである。2006年度の抜き取り検査の不合格率は、中国0.58%、アメリカ1.31%、ヨーロッパ0.62%であり他国に比べ引けを取らないレベルであると宣伝されている。
 中国での残留農薬の試験法は個別、迅速、地方標準などまで含めると3000を超える検査方法があるという。簡易な方法としては2002年国家基準法GB/T18630-2002酵素抑制法の有機リン系、カーバメート系農薬の迅速スクリーニング法やSN/T2094-2008 ELISA法による輸出食品中エンドスルファンの検査方法等がある。酵素抑制法は2002年冷凍ホウレンソウ問題を受けて全国に普及させた簡易定性試験法であるが安定した結果を得るのが難しく且つ農薬により感度が異なる等問題点も多くあった。農産品を輸出する工場などでは簡易測定器を購入させられ、2007年頃でも機器分析と並行して検査をしているメーカーもあった。しかし、多くはほとんど使ったこともなく部屋の隅に埃をかぶって置いてあるようなところが多かった。しかし、山東省莱陽にある龍大グループの検査部門などは最先端の設備と24時間体制での検査を行っており、日本と比べても全く見劣りはしない検査部門も存在する。この検査センターの http://www.jiekelabs.comのHPには、601項目の農薬検査、113項目の動物薬検査等の項目(英語、日本語、中国語!)、検出限界、検査方法等が記載されており、pdfファイルでこの貴重なデータが入手できる。
 多成分一斉分析法としては、GB/T19648-2006は、500種農薬及び関連化学品をGC/MSを用いて農薬を5グループに分けて分析する方法、GB/T20769-2006は、405種農薬及び関連化合物をLC/MS/MSで5グループに分けて分析する方法がある。共に20gサンプルからアセトニトリル抽出、塩析、遠心分離、アセトニトリル層の半分を分取しODS通過後濃縮、Envicarb/NH2 に負荷、アセトニトリル・トルエン3:1で溶出後濃縮、ヘキサンまたはアセトニトリル:水に溶解し分析する方法であり、基本的には厚生労働省の通知法と同様な方法である。また、EUで良く使用されているQuEChERS法がNY/T1380-2007として51種類の農薬をGC/MSで分析する方法もある。その他、GB/T5009.145-2003 有機リン、カーバメート系農薬、GB/T5009.146-2008 有機塩素系、ピレスロイド系農薬、GB/T5009.218-2008 多成分農薬残留分析法等がある。後者の2法は、アセトン抽出、ジクロロメタン液液分配と米国FDAの方法を準用しているが、精製にGPCとグラファイトカーボンカラムを使用しているのが特徴である。本法を改良して、アセトニトリル抽出、塩析、グラファイトカーボン粉末で精製後濃縮、GPCカラムで農薬成分を分取することにより、機器分析の負担を軽減し良好なクロマトが得られる方法も検討されている。
 以上中国における残留農薬の分析法の概要を紹介したが、大筋では日本と遜色ない方法で進んでおり、検査結果の共有化なども可能となるであろう。
 2009年6月には中華人民共和国食品安全法も施行され、法的整備、検査整備と相まって少しずつではあるが前進しつつある。まさに、管理における点から線、線から面へとすそ野が広がりつつある。人口13億人という巨大な国が一つの政府で運営されており、もし1割の人が豊かになるだけで日本人全員が豊かになる勘定である。実際、上海などでの物価を見ていると日本と遜色ない感じすらする。しかし、田舎に行けばまだまだ1日600円位で一生懸命働いている人も多くいる。2008年の冷凍餃子事件以降、食品に関してイメージはまだまだ悪く、中国への関心も低くなったままの部分も多い。しかし、そんな中でも時代は大きく動いている。その動きを冷静に見て対処していくすべを持っている必要があるだろう。

参考文献

1.「中国農薬近代史」小板橋努(前アジア食品安全研究センター)、
  日本農薬学雑誌34巻4号289-294(2009)
2.「中国冷凍野菜の取り組み経緯について」伊藤敏行(味の素冷凍食品(株))、
   同 35巻1号66-72(2010)
3.「中国における食品安全と検査状況」佐藤元昭(アジア食品安全研究センター)、
  食衛誌50巻1号J9-J11(2009)
4.「農産品中残留農薬の管理」王静(中国農業科学院)、
   第2回日中農薬残留分析交流会(山東省青島、2009.11)

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