漬物は、野菜や魚といった食材に高濃度の食塩を加えるなどの処理をして作る保存食品です。食材を高浸透圧下に置くことで脱水すると共に酵素作用などを抑え、食材の保存性を高めます。また、このような処理と同時に有用な微生物を働かせることで独特の風味も加わり、所謂「香の物」となります(但し、漬物の種類によっては微生物が関与しない物もあり、漬物の全てが発酵食品という訳ではありません)。
漬物の習慣は日本独自のものではなく、ドイツを中心に見られるザワークラフトや西洋のピクルス、中国のメンマなど世界各国で行われているものです。しかし、日本で行われる漬物の手法は塩漬けに始まり、味噌漬け、糠漬け、醤油漬など、その処理方法も多種多様であり、また漬ける食材も地域によってバリエーションがあり、日本各地に行けばその地方の特色ある漬物に出会えると云っても過言ではありません。
それでは、漬物を作っている樽の中ではどんなことが起きているのでしょうか。
漬物の漬け始めは、食材に由来するグラム陰性菌が優勢なのですが、発酵が進むに従い初期は球菌(Enterococcus, Pediococcus属菌など)、次第に桿菌の乳酸菌(Lactobacillus属菌など)が優勢になります。乳酸菌の繁殖と共に乳酸が産生されるため、環境中のpHが下がります。この時、樽の中の環境は高塩濃度且つ低pHであり、他の雑菌は繁殖し難い状態となります。乳酸菌は、乳酸の他にも酪酸やカプロン酸など、各種有機酸を産生して漬物の香気と味を形成します。更にエタノールや酢酸エチルなどの各種エステル類、ジアセチル(バター香、日本酒においては「つわり臭」として嫌われる成分)などを産生する耐塩性の酵母も繁殖し、漬物の味を更に複雑で豊かなものにしていきます。乳酸菌や酵母だけでなく、食品由来の雑菌も香味に影響を与えると言われています。また、漬物の種類によって働く微生物の種類は微妙に異なります。そのため、「漬物」で一括りにされる食品の風味は、漬け方や食材によって千差万別になるのです。 |