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DNA分析を用いた農産物・加工品の品種判別技術
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 近畿中国四国農業研究センター 品種識別・産地判別研究チーム長 矢野 博
1.はじめに

 食品表示に対する不信感が高まる中、消費者の食に対する信頼を回復するためには、農産物や加工食品における生産地や品種の表示事項の真偽判別を可能にして適正な表示を担保するための品種判別技術の開発が重要な課題となっている。また、我が国で育成された新品種が許諾なしに海外に渡り、不正に逆輸入されるなど、社会的に大きな問題となっており、このような偽装表示や育成者権侵害を的確にしかも容易に判断するためには、科学的な裏付けとなる迅速・簡便なDNA分析を用いた品種判別技術、すなわち、「DNA鑑定」の開発とその実用化に向けた取組が急務である。
 「DNA鑑定」は、容疑者の特定、親子関係の判定などの犯罪捜査の切り札として役立ったことが新聞記事やテレビニュースなどで話題になるなど、すっかり市民権を得た感があるが、ヒト以外の分野でも、農産物・加工品への適用事例が数多く報告されており、一部の農産物(収穫物)と加工食品ではあるものの、DNA分析による品種判別技術が開発され、食品表示の適正化や育成者権を侵害して輸入されてくる農林水産品の水際(税関)での取り締まり等の現場で利用されるまでに至っている。
 しかしながら、開発された品種判別技術が「DNA鑑定」と称されて、社会への貢献を確実なものにするためには、技術の実用化に向けた取組として、妥当性確認や手法を客観的に検証・認証するシステムを整備することが、至急の課題である。
 そこで、本報では、法医学領域において親子鑑定や犯罪捜査に用いられてきた「DNA鑑定」の鑑識事例を紹介しながら、DNA分析を用いた農産物・加工品の品種判別技術が、実用化技術として、かかる実社会での様々なニーズに応えることができることを願いつつ、その現状と今後の研究開発のあり方について述べてみたい。

2.DNA鑑定技術の現状
 「DNA鑑定」とは、1985年に、イギリスのジェフリーズらのグループによって、個人特異的なDNA構造の違い(DNA多型性、polymorphism)をバーコード様のバンドパターンに可視化して検出する方法を考案し、そのバーコード様のバンドパターンがあたかも指紋(フィンガープリント)のように個人差が著しいものであったことから、この方法を「DNAフィンガープリント法」と言うニックネームで呼んだのが「DNA鑑定」の始まりである。
 DNAフィンガープリント(遺伝子指紋)法は、文字通り、ヒトの指紋にも匹敵するほどの多様性と高い個人識別能をもっていたが、バンドパターンの再現性の確保に難があり、現在では、本法を用いたDNA鑑定は、法医学領域においてもほとんど用いられない鑑識技術となってしまった。その一方で、PCR法が開発されて以来、DNA鑑定への応用とその利活用はめざましいものがある。とりわけ、DNA量が極微量しか得られない血痕、毛髪など犯罪の痕跡を対象とすることが可能となった。また、陳旧化の進んだ試料や収穫物を原料とした加工食品等ではDNAが劣化・断片化されている場合が多く、PCR法の利用は、DNA鑑定の精度向上に大きな威力を発揮し、必要不可欠な手法となっている。また、これまでの手法は、ミニサテライトDNAの反復配列の繰り返し数の差異を検出する方法であったが、現在では、マイクロサテライトDNAの反復配列の繰り返し数の差異をPCR法で検出する方法が主流となっている。
 マイクロサテライトとは、SSR:Simple Sequence Repeatとも呼ばれ、法医学領域ではSTR:Short Tandem Repeatとも呼ばれている。マイクロサテライトは、ミニサテライトより小さいTG、CAGなどの数塩基の繰り返し反復配列領域であり、一連の反復配列が短いためにPCRにも適している。また、PCR増幅産物のサイズ判定は、DNAシークエンサーを用いた自動化(ピークパターン)と短時間で分析することが可能になった。図1には、(株)エスアールエルのDNA親子鑑定資料に記載されているSTR法を用いた親子鑑定の概略と事例を示した。当社では、少なくとも10種類以上のSTRを分析し、より確実な親子鑑定を実施している。
図1 STR法による親子鑑定の概略図と事例
 また、STR型分析は、警察庁の科学警察研究所や都道府県警の科学捜査研究所の犯罪捜査などに採用されており、本法は、キット化され、某社から市販されている10カ所ほどのSTR部位を調べることにより、2003年8月には約1億8000万分の1であった別人である確率を、2006年10月には、約4兆7000億分の1と飛躍的に向上した高精度なDNA鑑定法を確立し、法廷でも十分に信頼されるものとなっている。
3.DNA分析を用いた品種判別技術の現状
 植物分野においては、この数年の間、イネゲノムを始め、数々の植物を対象としたゲノム解析研究が精力的に推進されたため、連鎖地図の作成のために開発されたSSRマーカーが多数報告されており、今後、これらのゲノム情報(バイオインフォマティクス)を積極的に活用した品種判別に係るDNAマーカーの研究開発は加速化するものと思われる。
 また、法医学領域における「DNA鑑定」のめざましい発展は、植物分野にも波及し、一部の農産物(収穫物)ではあるものの、コメ、イチゴ、インゲン豆、アズキ、オウトウ、イグサ等において、育成者権侵害紛争の早期解決や食品表示の適正化等の現場での利用がなされるまでに至っている。
 その一方では、種苗法や関税定率法が改正され、育成者権侵害の立証を容易にするため、科学的裏付けとなるDNA分析による品種判別技術の開発と、法的な利活用のための整備が推進されている。これらの要請に的確に対応できるほど多くの植物の種類において、品種判別技術が開発されている現状では無いものの、品種判別技術が実用化されるに至る、技術的・社会的な条件整備は整いつつある。
 農産物における品種判別技術については、これまで、RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)、RAPD(Random Amplified Fragment Length DNA)、AFLP(Amplified Fragment Length Polymorphism)法などが開発されてきたが、これらは、いずれも前述したDNAフィンガープリントを作成し、バンドの有無やバンドパターンの違いで判定する方法であり、バンドの再現性確保に難があるため、法医学領域と同様に実用化技術には適していない。
 PCR法をベースとしたSSR法については、ナシ、リンゴ、ブドウ、カンキツ等の主要な果樹類において、多数のSSRマーカーが開発・データベース化されており、自動化・汎用化が可能な品種判別技術として確立されている(果樹研究所のホームページに詳しく掲載されている: URL:http://www.fruit.affrc.go.jp/publication/man/dna/DNA_marker.pdf )。
 また、加工品を対象とした品種判別技術の開発については、米飯や日本酒等の米加工品、うどんやパン・菓子等の小麦加工品、餡等のアズキ加工品、ジュース・ブレンド果汁や缶詰果肉等のカンキツ果実加工品および緑茶飲料(ペットボトル)等の茶加工品からのDNA抽出と加工品中の原料品種識別技術の開発に目処が付いたところである。
 これら品種がブレンドされている加工品を対象とした品種識別技術の開発は、DNAの回収方法の検討と原料品種に特異的なDNAマーカーを検索する必要がある。また、搾汁や加熱などを行った加工製品から抽出されたDNAは、劣化や断片化が予想されるため、SNP(Single Nucleotide Polymorphism:1塩基多型)法を用いた品種特異的SNPマーカーの開発が進められている。
 アズキの品種判別技術では、「きたのおとめ」と「しゅまり」の品種固有レトロトランスポゾンマーカーは、岡山大学から「アズキ加工食品のアズキ原料品種判別方法」(特願2008-088153) として特許出願されている。また、図2に示したとおり、品種がブレンドされている加工品(餡)における原料品種識別と混入率(構成比)分析技術が確立された。さらに、両品種の固有マーカーと手法(マニュアル)は、後述するDNA鑑定学会の検証認定機関である、中立で複数の第三者機関による妥当性が検証・認証されたことにより、迅速・簡便な実用化技術(LAMP法)としてキットの市販化が進められている。
図2 アズキ加工食品における簡易な装置による原料品種識別法の開発
 また、品種内においてSSRの多型程度が高く、従来の方法ではDNA分析による品種判別が困難であった他殖性野菜のネギでは、野菜茶業研究所において、特定の遺伝子型(SSR)の個体を選抜して採種・育成することにより品種を標識する方法が開発されている。本法は、同一品種内での識別および産地判別への利用とその有効性が実証されており、他の他殖性野菜における品種識別や産地判別法の開発にも適用可能な技術となることが期待されている。
 その他に、最近、最も注目されている品種・産地判別技術として、農林水産省のプロジェクト「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発」で推進されている、DNAに目印(DNAマーク)を付けて品種や産地を判別する技術がある。この方法は、理化学研究所で開発され、重イオンビームを照射し、植物の形質に影響を及ぼさないDNA部分に傷を付ける手法であり、傷の場所を「DNAマーク」として記録しておけば、新品種と元の品種のDNAがほとんど同じことが多い花や果樹において、同じ品種の区別や無断増殖した品種や産地偽装も見分けることができる。実際に、キクやランなどで実用段階にある。
4.品種判別技術開発の今後のあり方
 これまで述べてきた品種判別技術は、実社会において、いろいろな利用場面から期待されているものの、「DNA鑑定」として、それに応えているのは、ほぼ技術が成熟しているヒトに関する領域のみで、農産物分野では、いまだ学術的な成果を誇っているに過ぎないのが現状である。今後は、開発された技術の妥当性確認と手法の検証等を行い、適正な実用化技術として、社会における有効的な利活用を目指す必要がある。
 また、ニュースや新聞記事で取り上げられたように、香川県警による小麦品種「さぬきの夢2000」の偽装表示や山形県警によるオウトウ品種「紅秀峰」の国外不正流出と増殖等、警察による不正競争防止法に基づく、農産物の検挙数が増加している。このような法的措置や法廷での立証といった、実社会での様々な協力要請に応えることが可能な、実用化技術とするためには、実際に問題となる市販品を対象としたDNAマーカーの妥当性検証と認証が必要であり、第三者が使用可能な品種判別マニュアルの作成が必須である。
 さらに、それらの検証業務は、ISO17025等を取得している中立的な機関で実施するなど、中立で第三者機関による技術の妥当性確認と手法の検証・認証システムの体制整備が至急の課題である。開発された品種判別技術が、法廷裁定などにおいて、決定的な証拠となり得るか否かは、信頼性や妥当性の確保を客観的に保証・認証するシステムの整備が不可欠であり、社会的な要請に呼応した研究開発のあり方が問われている。
 このような実社会での背景を踏まえ、更なるDNA鑑定技術のレベルアップと品質保証に寄与すべく、平成20年1月18日、特定非営利活動法人「DNA鑑定学会」が設立された。(DNA鑑定学会ホームページ:http://www.dna-kanteigakkai.or.jp を参照)当学会は、DNA鑑定技術についての調査、研究を行い、その妥当性、標準化、認証方法などを学術的に検証し、DNA鑑定技術の振興、経済活動の活性化を図るとともに、広く啓発活動を行うことで、DNA鑑定技術をとおして、わが国の食および環境の安全並びにその信頼の増進に寄与することを目的としている(当学会のNPO法人認証申請書に記載されている「目的」より抜粋)。
 当学会の構成は、学術部門、認証部門およびフォーラム部門で構成し、学術部門では、DNA鑑定技術の向上を図り、DNAマーカーや判別技術等を開発するとともに、鑑定技術の妥当性を追求する。認証部門では、検査の標準化と開発された鑑定法の評価による妥当性の検討を行う。また、フォーラム部門では、公開シンポジウムや市民講座などの開催による、DNA鑑定の知識や技術の普及など、DNA鑑定に係る研究の成果を、社会システムに反映させることを目的としている。
 以上のように、DNA鑑定は、実用化場面を想定した技術の信頼性・再現性・妥当性等を客観的に保証された技術でなければならず、DNA鑑定が、実社会での活用や法廷裁定などにおいて、決定的な証拠となり得るか否かは、信頼性や妥当性の確保を客観的に保証・認証するシステムが整備されているか否かに依るものであり、「DNA鑑定学会」の今後の活動に期待しているところである。
5.おわりに
 以上のように、DNA鑑定技術について概説し、DNA分析を用いた農産物・加工品の品種判別技術の現状について述べてみた。開発された品種判別技術が「DNA鑑定」と称されて、農産物・食品に対する消費者の信頼確保に貢献するために、また、育成者権を侵害して輸入されてくる農林水産品の水際(税関)での取り締まりの強化のために貢献し得るか否か、それらに応えるべく、今後の研究開発のあり方について述べてみた。
 最後に、DNA分析を用いた農産物・加工品の品種判別技術の開発は、実用化場面を想定した技術の信頼性・再現性・妥当性等を客観的に保証された技術でなければならず、DNA鑑定学会による客観的な妥当性の確保と保証・認証するシステムの整備および今後の施策と研究開発の活性化に期待したい。
参考文献
1)Jeffreys,A.J.et al. (1985) Individual-specific‘fingerprints’of human DNA. Nature 316:76-79
2)(株)エスアールエル「DNA親子鑑定」資料
3)原田勝二 編 (1991) ヒトDNA Polymorphism −検出技術と応用− 東洋書店
4)矢野 博(1993) DNAフィンガープリント法による作物の品種・系統識別 農業および園芸 68(1):25-31
5)矢野 博 (1993) DNA多型検出技術とその利用 農業技術48(12):544-549
6)DNA鑑定と刑事弁護(1998) 現代人文社
7)矢野 博 (2004) DNA多型分析による品種識別の可能性
  −植物におけるDNA多型検出技術とその応用−農業および園芸 79(1):131-136
8)勝又義直 (2006) DNA鑑定 その能力と限界 名古屋大学出版会
9)矢野 博 (2008) 農産物におけるDNA鑑定の現状と展望  農林水産技術研究ジャーナル」31(4):13-16
著者略歴
愛媛県出身 昭和55年に農林水産省入省 種苗管理センター、農業生物資源研究所、 中国農業試験場(現:近畿中国四国農業研究センター)の勤務を経て、平成18年4月 より、独立行政法人 近畿中国四国農業研究センター 品種識別・産地判別研究チーム 長として、農産物や加工食品の簡易・迅速な品種識別・産地判別技術の開発に携わる。 日本DNA多型学会評議員 DNA鑑定学会理事
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