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DNA分析を用いた水産物の品種判別
独立行政法人農林水産消費安全技術センター 表示監視部長 小林栄作

 日本の食料自給率は41%に低迷しているが、我が国ではとても豊かな食生活をおくっている。スーパーマーケットに行けば、国産の食品に加えて世界中の国々から輸入された生鮮食品、加工食品が所狭しと並べられている。例えば、同じ「さけ」であっても、シロザケ、ギンザケ、ベニザケ、キングサーモンなど各種の「さけ」が、養殖品も輸入品も一緒に陳列されて売られている。このため、消費者は、食品に表示されている情報に基づいて食品を購入している。こうしたことから、食品表示は、わかりやすく誤解されることなく消費者に伝えられる必要があり、一方、製造業者、販売業者、輸入業者はルールに従って正しい内容を伝えなければならない。
 近年、大変残念なことに食品表示を偽装する事件が後を絶たないが、こうした食品表示偽装事件を見つける手段の一つとして、従来の理化学分析に加えてDNA分析、元素組成分析、安定同位体比分析など、新たな技術を活用した食品鑑定技術が実用化されてきている。ここでは、DNA分析による魚介類の名称表示、原産地表示及び原料原産地表示の判別法について独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)が取り組んでいる分析法を紹介する。

1 食品の表示ルール

 JAS法(「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」)は、一般消費者の食品の選択に資することを目的とした法律であり、告示により生鮮食品、加工食品等の一般的な表示ルールを定めている。
 生鮮食品では、生鮮食品品質表示基準により名称と原産地を表示することとなっている。水産物は、これに加えて、解凍、養殖されたものについては、その旨の表示をすることとなっている。また、加工食品では、加工食品品質表示基準により、いわゆる一括表示事項として名称、原材料名、内容量、賞味(消費)期限、保存方法、製造業者名及び住所を表示することとなっている。さらに、一括表示に加えて、輸入品については原産国名の表示、原料の品質が製品に反映されやすい「乾燥きのこ類、乾燥野菜及び乾燥果実」、「素干魚介類、塩干魚介類等」等20食品群については、原料原産地名の表示が必要である。

2 DNA分析による判別の原理と分析手法
 近年、DNA(デオキシリボ核酸)の特定の領域を増幅する手法としてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法(図1)が用いられるようになり、DNAの塩基配列の差異を指標とした分析法の研究・開発がすすめられている。DNA分析は、生体だけでなく冷凍や乾燥したサンプルからも解析可能なことに加えて、解析に必要な量がごくわずかであることから、従来のタンパク質を指標とした解析法に代えて様々な分野で利用されている。FAMICが行っている水産物の判別は、一つは、DNA分析により種を判別するものがあり、例えば、「まぐろ」の場合、クロマグロ、キハダ、メバチ等のいずれかに判別する。もう一つは、生息水域により生物種が異なることから、DNA分析を行うことによって種を判別し、その種判別結果により、おおまかな産地を判別するものがあり、 例えば、「あじ」と表示されている場合、日本近海に生息するマアジか、大西洋に生息するニシマアジかをDNA分析により判別することにより、種の判別と併せて産地を判別することができる。
 このような生物種間の塩基配列の違いを明らかにするためのDNA分析手法には、いくつかの方法があるが、FAMICでは、迅速性、簡便性、正確性等を考慮して下記の3つの手法に基づく分析法を用いている。
図1 PCRの原理
(1)塩基配列決定法
 目的のDNA領域をPCR法により増幅し、DNAの塩基配列を解析するための装置(DNAシークエンサー)で塩基配列を決定し、生物種間差を明らかにする手法である。目的とする領域内の塩基変異部位が全て明らかとなるため最も正確に生物種差を明らかにすることができる。さらに、これまでに多くの研究者により登録されたDNAデータベースと照合することで未知のサンプルについてもおおまかな種の推定が可能となる。しかし、高価な分析試薬・機器が必要であり、また分析操作が多いため分析に時間がかかることが難点である。
(2)種特異的プライマー法
 塩基配列決定法に比較して、より迅速かつ簡便な方法として種特異的プライマー法がある。目的とする生物種についてのみ増幅する配列を持つプライマーを設計することで、PCR増幅産物の検出の有無により生物種を明らかにする手法である。複数種混合された食品から目的の生物種のDNAを検出するのに適し、対象となる生物種毎に長さの異なるPCR増幅産物となるように種特異的なプライマー設計することで、同時に複数種の検出が可能となる。ただし、プライマー配列、反応液の組成及び反応温度等により目的外のPCR増幅産物が出ることがあり、明瞭な分析結果が得られない場合もある。(図2)
図2 種特異的プライマー法
(3)PCR-RFLP法
 塩基配列決定法に比較して、より迅速かつ簡便なもう一つの方法としてPCR−RFLP法がある。対象となる生物種共通のPCR増幅産物を特定の塩基配列を認識し切断する酵素(制限酵素)により処理し、アガロースゲル等で切断片のパターンを検出することにより生物種間の塩基配列の差異を明らかにする手法である。単一生物種からなる食品では、種特異的プライマー法に比べて制限酵素処理作業が加わり若干分析に時間がかかるが、PCR増幅産物の有無の検出に比べて、制限酵素による切断の有無の検出は塩基配列の差異の認識を安定的に行えることから、種特異的プライマー法より正確さの高い手法である。一方、複数種混合された食品では、制限酵素で切断されなかったPCR増幅産物と目的外の生物種のPCR増幅産物の判別が困難であることや、切断片のパターンが複雑になることから分析が難しい。FAMICにおける定期的な表示点検業務分では、マグロ属魚類の判別法及びマアジとニシマアジの判別法をはじめ本手法に基づく分析法が主に用いられている。(図3)
図3 PCR−RFLP法
3 種判別および原産地判別の事例
 FAMICでは、JAS法に基づき定められた品質表示基準における表示が適切に行われているかどうかについて、市販品について表示をチェックするとともに、これらについて必要に応じて各種理化学分析、種判別や産地判別分析を実施している。ここでは、マグロとアジについて紹介する。なお、ここで紹介する判別法については、FAMICホームページで公開されており、分析条件等の詳細は各マニュアルを参照していただきたい。(http://www.famic.go.jp/technical_information/hinpyou/index.html
(1)マグロ類の魚種判別法
 マグロ属魚類は、高価なクロマグロ及びミナミマグロと比較的安価なキハダ及びビンナガのように、近縁種間での価格差が大きく、メバチをクロマグロと称して販売された事件などが報道されている。
 マグロ属魚類は、その産業的な価値から資源量調査の目的で1990年代前半からのミトコンドリアDNA(以下「mtDNA」という。)の種間関係および系群の解析がおこなわれ、その解析結果から、PCR−RFLP法によってマグロ属5種7タイプ(太平洋産クロマグロ、大西洋産クロマグロ、ミナミマグロ、メバチαタイプ、メバチβタイプ、キハダ及びビンナガ)を対象とした種判別法が開発されている。
 この判別法は、種を明らかにするだけでなく、太平洋産のクロマグロと大西洋産のクロマグロの判別及び主に大西洋に生息するメバチのαタイプを判別することができ、一部ではあるが、原産地表示の真正性の確認に活用できる。
(2)あじの塩干品の原料原産地判別法
 あじの塩干品は、加工食品品質表示基準によりその主な原材料であるあじの原産地に関する表示が必要である。通関統計によると「あじ類」の輸入の約7割がオランダ、ノルウェー、アイスランドなどヨーロッパ諸国から輸入されており、この場合の「あじ類」の大部分がニシマアジであるといわれている。ニシマアジは、日本近海に生息するマアジの近縁種であり、形態的に判別することは困難である。そこで、FAMICでは、水産総合研究センターと共同でニシマアジのmtDNAの全塩基配列を決定し(DDBJ/EMBL/GenBank; AB108498)、既に報告されているマアジmtDNAの全塩基配列(AP003091、白井ら)と比較し、調節領域を除く遺伝子領域において両種間で390塩基の差違があることを確認した。
 さらに、両種間に特異的な制限酵素の認識配列を伴う塩基配列の差異が認められたことから、 mtDNA上の360塩基の領域を対象とした、PCR−RFLP法によるニシマアジとマアジとを判別する種判別法を開発した。
著者略歴
1982年  農林水産省入省
1989年  通商産業省(現経済産業省)出向
2008年  (独)農林水産消費安全技術センター名古屋センター所長
2009〜  現職
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