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食品企業の科学情報リスクを考える(第2回)
鈴鹿医療科学大学薬学部 客員教授 中村幹雄
2.食品安全行政における「通知行政」と「裁量行政」
2-1 食品衛生法は、「原則自由」

 食品衛生法第4条で、「食品とは、全ての飲食物をいう。但し、薬事法で規定する医薬品及び医薬部外品は、これを含まない。」と定義され、飲食するものを薬事法と食品衛生法で二分するが、この2つの法律の原則は全く逆である。薬事法では、承認事項以外は原則禁止、食品衛生法では、禁止事項以外は原則自由である。
 規制の掛け方の違いの事例として、管理者を取り上げると、薬事法では、医薬品製造業、薬局には、管理薬剤師を、医薬部外品製造業には、責任技術者として、薬剤師(品目によっては、大学等で薬学又は化学に関する専門の課程を修了した者等の緩和された要件)を、化粧品製造業にも責任技術者(薬剤師あるいは高校またはこれと同等以上の学校で、薬学または化学に関する専門の過程を修了した者等)を置くことが義務付けられている。即ち、薬事法のいかなる「業」をなすとしても、薬剤師等の管理者を設置しなければならない。
 食品衛生法では、食品衛生法施行令第35条で基準が定められた34業種(飲食店営業、喫茶店営業、菓子製造業、・・・・・添加物製造業)の内、食品衛生法第48条による食品衛生管理者の設置が義務付けられるのは、食品衛生法施行令第13条に掲げられた全粉乳、加糖粉乳、調製粉乳、食肉製品、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、放射線照射食品、食用油脂、マーガリン、シヨートニング及び添加物(規格あり)の製造だけである。他の「業」では、食品衛生管理者を設置する義務はない。食品衛生管理者を設置することなく自由に業を営むことができる。
 禁止事項以外は「原則自由」の食品衛生法に基づき、様々な課題に対応するための膨大な「通知」が出され、一方では行政の裁量権が発揮される。ここに、企業におけるリスク発生要因の一つがある。

2-2 食品安全行政と「通知行政」
 2008年6月13日の「消費者行政推進会議とりまとめ」により、食品の表示に関する法律については、景表法、JAS法の表示基準の企画立案及び執行、食品衛生法の表示基準の企画立案及び執行、健康増進法の表示基準の企画立案及び執行が、「安全」に関する法律については、製造物責任法、食品安全基本法、食品衛生法が消費者庁へ移管されるとの方向性が示され、9月1日、関係法令が施行された。消費者庁設置に伴い、食品表示から健康増進法に規定される特別用途表示の許可に関する事項までが厚生労働省から消費者庁に移管された。新設された消費者庁食品表示課の機能は発揮可能であろうか。
 食品衛生法に関する法令、告示、通知を階層的にとらえると、以下のようなる。
 法令:食品衛生法、食品衛生法施行令、食品衛生法施行規則
 法令を補充する告示:厚生労働省告示   
 通知:医薬食品局長通知、食品安全部長通知、基準審査課長通知、監視安全課長通知、等々
 2009年3月2日に、新に食品添加物に指定されたナイシンを事例にすると、最上階は、食品衛生法に基づく省令改正の告示である。厚生労働省告示第22号により、食品衛生法施行規則の一部を改正する省令が改正され、別表第1に、240号としてナイシンが加えられた。同時に、使用基準及び規格を定める告示(昭和34年厚生省告示第370号の一部改正)がなされた。この新規指定に伴い厚生労働省医薬食品局食品安全部長名で、「食品衛生法施行規則の一部を改正する省令及び食品、食品添加物の規格基準の一部を改正する件について」(食安発第0302006号、平成21年3月2日)が発せられ、改正の概要、施行・適用期日、運用上の注意、食品中の分析法等が示され、食安基発第0302003号厚生労働省医薬食品局食品安全部基準審査課長及び食安監発第0302003号厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課長の連名で「『食品中の食品添加物分析法について』の改正について」が発せられた。
 これらの通知は法令運用上不可欠であり、行政、企業、消費者にとって大事な基準である。しかし、発せられた全ての通知が、インターネット上に開示されるとは限らない。行政サイドにおいてさえ、他部署で発した「通知」を把握できていない可能性を、次亜塩素酸ナトリウムに含有する臭化物を例にして、「食と消費者の権利」(オブアワーズ、10月1日発行)で指摘した。
2-3 食品安全行政と「裁量行政」
 ネオヘスペリジンジヒドロカルコン(NHDC)は、EUでは食品添加物番号E959の甘味料である。国立医薬品食品衛生研究所の食品添加物部長であった山田隆氏は、「ぶんせき」(No.4,296〜301, 1997)で「ネオヘスペリジンジヒドロカルコンは、天然物にわずかに手を加えた高甘味度甘味料である・・」と述べた。化学構造はカルコンである。2003年10月1日、厚生労働省は、これを香料ケトン類とする通知(食安基発第1001001号、食安監発第1001001号 平成15年10月1日、厚生労働省医薬食品局食品安全部基準審査課長・監視安全課長)を出し香料としての使用が可能となったが、本来は、NHDCを甘味料に指定した上で「香料」としての使用を認める方法が普通だと思う。
第8版添加物公定書の猶予期間(2008年3月31日まで)が迫った2008年3月19日の衆議院内閣委員会の質疑において、既存添加物名簿に収載されて実に13年も経過した粗製海水塩化マグネシウム(いわゆる「にがり」)の添加物公定書の規格が急遽見直されることになり大変驚いた。この間、日本食品添加物協会は公定規格の設定に極めて難しい調整を鋭意されて来られたし、厚生労働省から第8版添加物公定書のパブリックコメントも求められたので、賛否は別としても公定規格の設定が進捗していることを、事業者が全く知らなかったとは云えないのではないか。衆議院議員の質問によって、長年の積み重ねが一蹴されるとしたら、行政に対する信頼は傾くのではないだろうか。
 先の事例のナイシンの指定に伴う「添加物の表示」について「『食品衛生法に基づく添加物の表示等について』(平成8年5月23目付け衛化第56号厚生省生活衛生局長通知)の別紙3「規則別表第1に掲げる添加物のうち用途名併記を要するものの例示」中、保存料又は合成保存料の項に例示する添加物としてナイシンを加える。」と示された。2009年3月5日付けの「食品化学新聞」は、「ナイシン正式認可」との見出しの記事を掲載し、「用途は『保存料』『製造用剤』」との副見出しで、「ナイシンには、A、Q、Zの変異体があるが、日本で認可されたのは『ナイシンA』で、Aだけが『保存料』『製造用剤』として使用できる。」と報じた。厚生労働省基準審査課も、「製造用剤としての使用」を認めていたようであるが、これは見直される可能性がある。
 このように、基準が不明確な「裁量行政」は正常な企業活動を阻害する要因ともなるし、膨大な「通知」や「事務連絡」を把握できなければ、企業は情報不足による危険な状態におかれることになる。
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