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においの豆知識(3)青臭さと油の酸敗臭と森林浴-脂肪酸の酸化による臭気の発生-

 突然ですが、豆乳はお好きでしょうか。
 美味しい上に植物性タンパク質やビタミンB群・E、ミネラルなどを含む栄養豊富な豆乳は筆者の好物のひとつなのですが、残念ながら豆乳の持つ独特な青臭みが苦手という方も居ます。では、この青臭みはどこから来るのでしょうか。また、この青臭みの原因は、豆乳のみに特異的なものなのでしょうか。今回は、一見何の関連もなさそうな豆乳と油の酸敗臭と森林浴についてお話させて頂きます。

1)豆乳に感じる青臭さ

 植物は、二酸化炭素と水から光合成により様々な有機物を作り出します。脂肪酸も光合成産物の一つですが、我々ヒトを含む高等動物は二重結合が二箇所以上ある脂肪酸を体内で全合成することができません。しかし、我々が生命を維持する上で必須であるプロスタグランジン(生理活性物質の一種)は、リノール酸やリノレン酸など一部の不飽和脂肪酸を前駆物質としているため、これらの脂肪酸がないと我々は生命活動を持続させることができません。そのため、これらの不飽和脂肪酸は必須脂肪酸と呼ばれています。我々は食事などにより必須脂肪酸を体内に取り入れ、これを原料に種々の生理活性物質を生合成することで生命を維持しているのです。不飽和脂肪酸は植物油に多く含まれており、勿論、大豆にも含まれています。
 豆乳作りは、まず水に浸漬した大豆を磨砕するところから始まります。磨砕により大豆の細胞が破壊され、大豆に含まれるリポキシゲナーゼが不飽和脂肪酸に作用し、中間代謝産物である過酸化脂質を生成します。更に、この過酸化脂質にヒドロペルオキシドリアーゼが働くとn- ヘキサナールなどのアルデヒド類が生成し、これが青臭みの原因のひとつとなるのです。この機構を踏まえ、リポキシゲナーゼを欠損する大豆を原料とする、または製造工程にリポキシゲナーゼを失活させる工程を加えるなどの手段を講じることにより、青臭みを抑えた豆乳を作ることができます。

2)牛乳における異臭
 さて、豆乳において青臭みの原因となるn- ヘキサナールですが、異臭牛乳でも認められます。牛乳に関して、度々「段ボール臭」「紙臭」などと呼ばれる異臭クレームが発生しますが、この原因の一つもn- ヘキサナールなのです。この場合の発生機構も豆乳の青臭さの発生と類似しており、生乳が集乳・加工・貯蔵される間に乳脂肪に含まれるリノール酸が酵素反応、或いは光酸化を受け、n- ヘキサナールをはじめとするアルデヒド類が発生し、通常の牛乳とは異なる臭気を有するようになるものと考えられています。
3)油の酸敗臭
 揚げ油の成分はトリグリセリドが大半を占めるため、新鮮な揚げ油には常温で揮発する成分が極めて少量で、ほとんど臭気を有しません。しかし、この揚げ油を繰り返しフライ加熱すると、揚げ油の中では酸化、加水分解、重合、分解など様々な化学反応が起こり、オレイン酸やリノール酸からn- ヘキサナール、2- ヘキセナール、2,4- デカジエナールなどの飽和・不飽和酸化物や低分子化合物などが生じ、これらが油の酸敗臭の原因となります。特に、炭素数7-10の飽和アルデヒドや不飽和アルデヒドは揚げ油のオフフレーバーに最も関与するとされています。揚げ油を繰り返し使用して劣化が進むと、油酔いの原因となるアクロレインが生成するほか、脂肪酸同士またはトリグリセリド間で重合した高分子量の生成物により、揚げ油そのものの粘度が増加します。揚げ油は通常加熱処理を伴って使用されます。
 豆乳における脂質の酸化は酵素による穏やか且つ基質特異的な反応であるのに対し、揚げ油中での反応は加熱条件下という分子の自由度が高い中で行われるため、酵素反応時よりも様々な化合物がランダムに生成します。これらの生成物は揚げ油そのもの、及びその油を用いて製造したフライ製品の品質劣化に繋がります。このため、食品の製造現場においては、製品自体の管理と共に、使用している揚げ油などの品質管理が必要であると考えられます。
4)そして森林浴
 さて、話を冒頭に挙げた豆乳に戻します。n- ヘキサナールをはじめとするアルデヒド類は油脂の酸化により発生し、様々な食品で影響を与える臭気成分です。豆乳においては、大豆の細胞を破壊したことにより、大豆自身が有する酵素に不飽和脂肪酸が晒されn- ヘキサナールが発生し、豆乳に青臭さを与えます。しかし、この反応は通常の植物体内でも行われているのです。
 草を千切ったり、または森の中を散策したりすると、独特の「草のにおい、樹のにおい」を感じられるかと思います。このにおいは、葉緑体内に存在する酵素によってα-リノレン酸やリノール酸から生合成される、n- ヘキサナールを含む炭素数6の飽和・不飽和アルコール及びアルデヒド(青葉アルコール及び青葉アルデヒド)の一群と、青葉アルコール及び青葉アルデヒドとは全く別ルートであるイソプレノイド生合成ルートから生合成されるテルペン系化合物(植物精油の成分)の複合したものになります。森の中のにおいのうち、植物の葉から放出される「青臭い」においの青葉アルコール及び青葉アルデヒドと、緑葉や樹木から放たれ樹木特有の芳香を示すテルペン系化合物は、その構造も生合成ルートも全く別であるにも関わらず、互いに密接に連携し合い、周りの環境や植物自身の状態に必要な成分が適宜産生されます。これらの生成物は植物間の情報伝達(アレロパシー)や生体防御・免疫システム、更には昆虫とその寄生植物間のフェロモン作用など多彩な生理作用を呈することが解っています。我々が森林浴をした時に感じる爽快感や、それに伴い示される生理作用も植物の持つ作用のひとつと言え、現在この分野においては官能評価のみならず科学的実証が着々と進められています。

 以上、述べてきましたように、豆乳と油と森林浴は、一見何の関連も無いように思えるのですが、全て植物由来の脂肪酸(不飽和脂肪酸)が鍵となっているのです。
参考文献
畑中顕和著「みどりの香り−植物の偉大なる知恵−」丸善株式会社(2005).
※次号予告
 我々の食生活は漬物や調味料など発酵食品無しには成立しないと言って良い程、身の回りには発酵食品が溢れ、我々はその恩恵に与っています。その複雑で魅力的な香味は、どのようにして発生するのでしょうか。次回は、発酵食品のかおりについてご紹介します。
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