これまで、食の安全・安心制度の概要を記してきたが、我が国の供給形態の特性等を考慮した場合、即座にHACCPを義務化することは容易ではないと判断され、今後も規制から自主管理の方向へ移行することが予想される。ただし、今後事故の発生状況等の如何によっては未知の要素を含む。この場合、自主管理と言っても自己都合による勝手なやり方ではなく、(1)根拠に基づく適正な管理方法の選定、(2)そのマニュアル化および(3)その実行に関しての記録・保存、という要件が求められる。
中国の餃子事件がもたらした影響は大きいものがあるが、かつての雪印食品事件と比べると、HACCPやトレーサビリティシステムの導入により、製造段階への遡及や追跡による回収作業が格段に速かった。事件はまだ解決していないが、今回のように関係者が多段階かつ広域に波及している場合こそ、各段階や組織が「シロ」の証明ができるようにしておくことが重要である。
ここ数年の食品の安全管理手法の導入状況を、フードチェーン全体で見た場合、特に農業分野におけるGAPの現場での進捗は注目に値する。「21世紀新農政2007」で掲げた全国2000産地へのGAP導入状況はすでに1500ヶ所に及ぶと言われる。確かにここでいうGAPの中身は一律ではなく、中には「名ばかり」というレベルものがあるかも知れない。しかしながら、自己宣言によるGAPの実施そのものが、農業分野における生産者意識の向上と提供先への「安心」供与の点できわめて意味を持つものであり、その川下にある製造加工分野におけるHACCP定着の伸び悩み状況に対し対照的でもある。
すなわた、GAP導入の進展は、フードチェーン全体における安全管理の必要性を示す「食品安全基本法」の理念のみならず、川下の消費者や実需者である小売段階からのニーズの観点からも、また「リービッヒの原則」的観点からも、特に製造加工分野への影響は少なくないと判断される。
さらに、これまでHACCPに比較的縁の薄かった流通段階においても例外とされない事態が来ることが予想される。
いずれにしても、自主管理手法の導入が進展すると信頼性の点で第三者認証の自主的取得や取引先からの取得要請が高まることも予測される。
現在、GAPについては、JGAPやGlobalGAPといった民間レベルでの認証制度があるが、HACCPは、公的認証としてのマル総の対象品目が限定されているため、第三者認証としては都道府県や業種ごとの民間団体の認証制度に依存する傾向がみられる。
このうち、都道府県の認証はそれぞれ基準が異なるため、県域を越えた流通品に関しては混乱が見られる。今後、それぞれの相互認証についての検討が必要とされるが、国としての統一的認証システムの検討も求められてくるものと思われる。
一方、ISO22000は、HACCPやGAPを問わず、フードチェーン全体組織を対象とし、かつ国際規格としての通用性もある点で前記の課題を解決できる位置づけにあるが、企業としては手数料等の点で課題が残る。
いずれにしても、導入が進むほど、以上のような状況が顕在化し、また顕在化してはじめて関係者お互いが最もよいとされる仕組みについて真剣な検討に入ることが出来るものと思われる。

「HACCPやGAPを導入すると儲かるか?」と問われることがあるが、その場合には「導入することにより必ず儲かるということはないが、儲かっている企業では導入しているところが多い。」と答えている。このことは、必ずしも根拠がないことではなく、儲かっている企業は、データ解析を十分実施しているところが多いからである。すなわち、HACCPなどの安全管理に関するデータを、単に万が一時だけのために記録・保存しているだけではなく、品質向上や顧客ニーズ等の観点から「解析」の域まで高めて活用しているからであり、こうした企業は他のデータ(商品管理、品質管理、顧客化クレーム、販売実績等々)と有機的に連携させていることも事実である。
また、よくHACCP等を導入しても、何らメリットが感じられないという意見も多い。これらの導入メリットは何か?単に万が一の事故発生時に「シロ」の証明をするための「保険」なのか?という本質的な問いに対する回答は次項に譲ることとして、同手法が第三者認証を受けたとしても、基本的にはシステム認証であって製品認証でなく、したがって消費者や実需者に、その努力が伝わらずに評価がされない、という特性を再認識することは意味がある。
すなわち、こうした取組みがなされていることを日常的に外部、特に消費者等に知ってもらう努力が有効である。
今年度農林水産省の事業で、消費者団体と連携したHACCP手法導入促進に関する取組みがある。これは、消費者にHACCPというものと、その導入現場の取組み努力を知ってもらい評価に繋げるという内容の事業で、HACCPに関する判りやすい解説DVDの作成と現地見学の実施を行っている。現地に向かう途中でDVDを見てもらい、現地視察により、より理解を深めることにより、「こういう企業の製品であれば是非買いたい」という評価が得られている。
こうした取組みは国の事業として実施されているが、実際には行政と当事者である企業の自主的PRも必要であり、その結果評価につながるものと思われる。

HACCPやGAPは管理のためのあくまでもツールの一つであり、それらの使い方は資格や認証取得のためという目的が最初にあるのではない。あくまでも、消費者に安全・安心とセットで製品を届けるため、という原点を忘れないようにすべきである。押しつけや横並びの管理手法は決してメリットが得られず負担になるだけであることは、これまで10年以上の導入実績企業を見ても明らかである。実感として実効あるやり方に到達するために、地道でもよいので常に独自のPDCAサイクルをまわすことが有効である。
また、手法のみに注視しても表示の偽装などは解決しない。最近の表示不正事件に多く見られるのは、経営者がワンマンで担当者の言うことを聞かない、あるいは逆に担当者が経営者に重要なことを伝えていない、ということであった。これらは衛生・品質管理の問題ではなく、内部コミュニケーションや経営者の責任が客観的に的確になされていないところに問題がある。すなわち、食品安全に関するマネジメントの不適切さに起因するものである。ISO22000は「経営者の責任」において、その要求事項を記しているが、今後、消費者や実需者は、購入先にこうしたマネジメントが的確になされていることを一層求めてくるであろうし、その対策を講じておくことは無駄ではない。さらに、事件の発端が内外からの告発によることから、今後は内外からの通報受入体制の有無が信頼ある企業の指標になりうる。
また、常にフードチェーン全体での各段階の安全・安心確保対策を把握しておくこと、そしてその中での自らの位置づけを明確にしておくことが重要である( 図1)。
一方、消費者や実需者に知ってもらう努力も必要であり、国も本年度からその取組みを行なっている。こうした国の取組は別として、自主的取組の時代だからこそ、企業や組織としても、事件・事故がない平常時に、いかに自らの真摯な活動状況を消費者等に伝えることができるかが、信頼確保の鍵となり、企業間競争の差につながるであろう。消費者を家族として意識しつつ食を提供することが大切である。 |