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食品企業の科学情報リスクを考える
鈴鹿医療科学大学薬学部 客員教授 中村幹雄
 リスクマネージメントは、個人情報、IRなどの経営情報の漏洩をいかに防ぐかであるとか、不正アクセスやコンピューターシステムのセキュリティーであるとか、事件や事故が起こったときの対処方法とか、あるいは化学物質のリスク評価による管理を対象とした管理方法と考え、そうした観点からのコンサルテーションなどがなされたが、ここでは、食品企業を取り巻く様々な科学的情報に基づくリスクを「科学情報リスク」と定義し、その発生源と影響度や深刻度の増大の要因を法律や行政の仕組みの欠陥にも触れながら考えることにした。
1.消費者と食品企業の関係
 両者は、「Win-win」の関係にあり、消費者の利益は、企業の利益である。消費者の権利の擁護は、正当な企業活動の発展に繋がる。提供を受ける側の情報の量と質は、提供する側の有する量と質に限りなく近づくべきであり、そのための方策が必要である。
 提供を受ける側として、消費者が挙げられ、提供する側に企業や科学者が挙げられる。従来、行政は提供を受ける側であったが、今や情報を提供する側である。いわゆる「リスクコミニュケーション」は、関係者の間では略して「リスコミ」と称されることがあるが、上からの「リスコミ」は、「スリコミ」(刷り込み)と揶揄される。
 食品安全行政、中でもリスク評価を担う内閣府食品安全委員会に目を転じれば、消費者と行政・科学者とのギャップは、内閣府食品安全委員会の食品安全モニターへのアンケート調査で、「平成15年9月の調査で、ギャップを感じたことが『ある』又は『若干ある』の割合が75.6%であったのに対し、平成20年6月の調査で92.3%に増加した。」ことが明らかになった。私達のWEB調査(平成20年12月、1,132名)でも、ギャップを感じたことが「ある」又は「若干ある」の割合は、72.5%であった。4人の内の3人に相当する。また、職業別では、専門職(弁護士、税理士など)の69.2%、農林水産業従事者の66.7%、教員の61.1%が「ギャップを感じたことがある。」と明確にギャップを指摘している。
 食品の安全に関する事故や事件が増え、消費者が行政関係者・科学者の対応や発言に接する機会が増えれば、消費者と行政関係者・科学者とのギャップが減少すると考えるのが普通である。消費者が食品の安全性を理解するにあたり、科学的な知識等が必要となり科学に接する機会が増したのであれば、ギャップは減少するはずである。ギャップが増加した原因は、「食品の安全に関して、行政関係者の対応に、不適切な事案が増えたため」であり、「行政関係者・科学者が発信する情報が、消費者が求めている情報と異なっている」からである。
 食の安全問題は、世界的な共通事項である。英国で食品問題における消費者視線の調査結果(本年3月実施、成人2,066 人に対して面接調査)が、英国食品基準庁(FSA)から本年5月20日に公表された。
http://www.food.gov.uk/news/newsarchive/2009/may/tracker
 この調査で、「FSA の認知度は、調査が開始された2001 年以降最高レベルの86%であり、このうち半数がFSAを信頼できる機関であると評価した。消費者の関心事項は、食中毒(52%)、食品中の塩分、脂肪分および糖分(それぞれ47%、45%および43%)、さらに食品価格(41%)であった。食品の安全に関する消費者の心配は、減少し続けており(68%から64%に)、今回は調査開始以来で最も低いレベルであった。」とのことである。日英の消費者視線の差異を感じる。
 食品問題が発生すると内閣府食品安全委員会は、早めに「安全宣言」を出す。「科学者」(専門家)もそれに動員される。そうではなく、厚生労働省や農林水産省に「しっかりやって下さい。」と言うことが内閣府食品安全委員会の立場(食品安全基本法第23条及び第24条で示された所掌事務)だと思う。消費者サイドの期待との間のギャップを感じる。
 さらに、本年6月の内閣府食品安全委員会の人事に関する国会と食品安全委員会との齟齬(そご)は、消費者団体の意見に端を発している。ここでも、行政機関あるいは行政機関の科学者と消費者との間の大きなギャップを指摘せざるを得ない。
 食品企業における科学情報リスクは、正にこの「ギャップ」にある。私は、「食と消費者の権利」(オブアワーズ、2009年10月1日発行、http://www.ofours.com/books/68/)で、自由民主党の「食の安全確保に関する特命委員会(委員長:衆議院議員 野呂田芳成氏)の提言」にあった「個々の危害(ハザード)ごとに専門家・科学者・消費者等で組織する個別の作業チームを食品安全委員会の下に設置し、評価を行い、(以下、略す)」が、法制化の過程で変質し、食品添加物や遺伝子組換え食品の専門調査会に消費者の席はないことを指摘した。提言では、科学的評価過程にも消費者の関与を求めることによって「ギャップ」の発生の抑制も考慮されたと思う。
 そのことによる最大の被害者は消費者ではなく、情報の非対称による市場の逆淘汰によって売り上げが失われる食品企業である。消費者に「企業寄り」と映った内閣府食品安全委員会の「独立性と中立性」は価値のないものになる。また、「民意」を「食品のリスクの科学的な評価や管理を巡る混乱、誤解」とする科学者に、「誰のための科学か」を問いたい。
 消費者と行政・科学者とのギャップやは、事案の深刻度や影響度を高め、食品企業の情報リスクを一層高めることになる。私は、こうしたギャップが、日一日と縮小することを祈念する。
 (次回は、食品安全行政における「通知行政」と「裁量行政」を題材とする。)
著者略歴
中村 幹雄(なかむら みきお)
薬学博士 薬剤師
1971年 名古屋市立大学薬学部卒業
1974年 名古屋市立大大学院薬学研究科終了
1974年 三栄化学工業株式会社入社
1992年 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社取締役就任
品質保証部長、原料資材部長、経営推進室長
2002年 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社常務取締役
研究担当、学術担当、フィリップス・ハイドロコロイドリサーチ会社(英国)取締役、
三栄源(昆明)食品原料有限公司董事
2006年 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社及び関連会社退職
2007年 名古屋学芸大学非常勤講師(食品栄養学)
2008年 鈴鹿医療科学大学薬学部客員教授(医薬品・食品安全学研究室)
厚生省第13改正及び第14改正日本薬局方作成に従事
厚生労働省第8版食品添加物公定書検討会構成員
著書: 「最近の製剤技術とその応用」(分担執筆、医薬ジャーナル社、1985年 5月)
「概説食用天然色素」(共著、光琳、1993年12月)
「第7版食品添加物公定書解説書」(廣川書店、編集委員、1999年 5月)
「食と消費者の権利」(オブアワーズ、2009年10月)
学会: 日本薬学会、日本薬剤学会、日本癌学会、日本毒性病理学会、日本油化学会、
日本食品衛生学会、日本食品化学学会、日本社会薬学会、AOAC等
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