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においの豆知識 (1)「におい」の世界とその化学
 我々の身の回りには、数多くの「におい」が存在し、「におい」に囲まれて生活していますが、そもそも「におい」とは何なのでしょうか。また、「におい」を感じるメカニズムはどのようなものなのでしょうか。
1.においを感じるしくみ
 我々が「におい」を感じるには、まずにおい物質が存在せねばなりません。におい物質が気相中で蒸散し、微粒子状或いはガス状となった状態が「におい」です。ヒトの場合は呼気と共に鼻孔(鼻の穴)から導入するか、食事時などに飲食物のにおいを呼気と共に口腔経由で導入するか、いずれかのルートを辿ってにおい物質を体内に導入します。鼻孔付近から咽頭付近の空間である鼻腔に到達したにおい物質は、鼻腔の天井部分にある嗅粘膜の粘液に溶け込みます。嗅粘膜にある嗅細胞には嗅覚受容体、即ちにおいセンサーが存在し、粘液に溶け込んだにおい物質を捕捉します。嗅覚受容体はGタンパク質共役型受容体(GPCR)ファミリーに属する典型的な7回膜貫通型タンパク質で、リガンドであるにおい分子と結合することで活性化してシグナルが嗅神経に伝達されることにより、最終的に我々は鼻腔内に到達したにおい物質を「におい」として認識することができるのです(この嗅覚受容体の分子生化学的研究により、R.L.Back及びR.Axelは2004年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました)。これまでの研究により、複数の受容体の組み合わせにより、においの種類や強さの感覚が表現され、多種類のにおいの区別が可能であることなどが明らかにされています。
 におい物質により発生したシグナルは大脳辺縁系に存在する嗅球を経て、側頭葉の嗅覚野、海馬、扁桃体、視床下部に投射します。過去に嗅いだ「におい」と出合った時に、その「におい」を切欠に当時の記憶、感情などを思い出すといった経験は誰しも少なからずあると思われますが、これは嗅覚が記憶を司る海馬や情動に関与する扁桃体を経由するためであると云われています。発生学的に新しい脳であり、人間らしい情動を司る大脳新皮質と比べ、海馬や扁桃体は本能行動に関わる原始的な脳である大脳辺縁系に属しており、それ故食欲、生殖欲、睡眠欲などの本能行動や、記憶、喜怒哀楽といった情動は嗅覚の影響を強く受けるとされています。
2.においと分子構造
 嗅覚に関与するにおい物質は、分子量20〜400程度の物質が多く、種類も約40万種以上存在すると考えられており、その化学構造も多種多様です。においの強さ・質とその物質の分子構造に関しての研究は進んでおり、一定の法則的なものは幾つか見出されています。以下に、においのタイプと分子構造について例を挙げましたが、におい物質は多種多様であり、且つにおいを受容する嗅覚の識別機構も複雑であるため、においと分子構造の間で相関を見出すのは非常に困難であるといえます。
1.構造が類似していてもにおいのタイプが異なる例
 ハッカ油から得られるメントールは、その構造の中に3個の不斉炭素原子を有し、12個の異性体(4種の立体異性体について、それぞれ3種の光学異性体)が存在します。これらのうち、いわゆるハッカ特有の冷涼な香味を有する物はl-体とラセミ体であるdl-体のみで、他の異性体はいずれも冷涼な香味を有しません。
2.構造が異なるがにおいのタイプが類似している例
 フェネチルアルコール、ゲラニオールは共にバラの花の香りの主要成分ですが、その構造は上に示したように異なります(調香師のように、訓練を受けた人では両者の識別が可能となります)。その一方でゲラニオールには幾何異性体が存在しますが、ゲラニオールのcis- 異性体であるネロールとゲラニオールは若干香調が異なります。
3.濃度によりにおいのタイプが異なる例
 高濃度では不快な臭気を示すインドールは、希釈するとジャスミンの花のかおりに似た快いにおいを示します。インドールのように、その濃度によりにおいの質が異なる化合物を以下に示しましたが、このような化合物がある一方で、濃度の如何によらずにおいの質は一定である化合物も多く存在します。
次号予告
 豆乳や草花に感じる「青臭さ」と古い揚げ油に感じる「油臭さ」。これらは一見何の関連も無いように思われますが、実は深い関連があるのです。次回は「青臭さ」と「油臭さ」の原因、そしてその発生メカニズムについて解説します。
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