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ペットフードの安全管理には何が求められるか?―消費者の立場から―
宮城大学食産業学部教授 井上達志
消費者の抱く不安感
 市販されているペットフードの銘柄は、そのフードだけの給与で必要な栄養素を供給できるとされる、いわゆる総合栄養食だけでも相当数におよび、製造元、価格、原産国も多様でフードに安全・安心を求める消費者は、ペットフード関係事業者および民間団体の自主的な取り組みに信頼をゆだねる以外にその方法は限られていた。筆者らが2003年に行った獣医師や犬・猫の飼い主を対象としたアンケート調査においては、獣医師の約80%が、市販のペットフード(総合栄養食)と疾患の関連性があると考えると答えている。また、ペットフード中のその原因となるものとして、保存料や着色料などの添加物、原材料の品質、嗜好性重視のための栄養の偏り、脂肪過多、アレルギーの原因となる粗悪なタンパク源、微量栄養素に対する配慮の欠如、塩分やMg等のバランスなどを挙げている。一方、飼い主においては、ペットフードに対して何らかの不安感を抱く購入者は40%以上におよび「不安はない」とする購入者の35%を上回っている。これらのことは、ペットの飼い主においても、その健康を守る獣医師においても、特に、添加剤、原材料の品質や栄養成分の構成などに対して漠然とした不安感を抱いていることを意味している。
消費者の情報源
 ペットフードに関する一般書はそれほど多くは出版されていないが、書店で探せば少なくとも2、3のものは目に留まる。しかし、それらの安全性に関しての記述を見ると、抗酸化剤であるエトキシキン、BHTやBHAなどの抗酸化剤の有害性と、加工されたフードそのものからは見えてこない原材料などに関して不安をあおるような内容のものが多い。また、インターネット上の情報では、他の例に洩れず玉石混交の感は否めない。
 消費者が入手できる分析に基づいた客観的なデータとしては、著者の知る限りでは、1993年に国民生活センターがドッグフード17銘柄の酸化防止剤について調べている。また、暮らしの手帖社の雑誌「暮らしの手帖 」2002年No.96では、プレミアムフードを含むドッグフード19銘柄につて、エトキシキンおよびBHAについて調査しその濃度を公表している。しかし、1993年の国民生活センターの調査では抗酸化剤の合計濃度が150ppmを超えるものが3銘柄あったことが報告されているものの、9年後の暮らしの手帖社の調査では最大でも11.2ppm程度と基準よりも低く、2001年に行った筆者らによる調査でもおおむね同様の傾向であった。マイコトキシンなどと比べて毒性が格段に低いこれらの抗酸化剤が、実際には比較的低い濃度で添加されていることを示されても、消費者にとっては、安全性に関しては法的規制のない製品に対する漠然とした不安感が根強く、マイコトキシンによる汚染のほうが大きな問題になりうることはほとんど知られていなかった。しかし、アメリカで、2005年の末にペットフードのアフラトキシンの汚染による犬や猫の被害が報告されてリコールが行われて訴訟にまで発展した。次いで同国では、2007年3月に故意によるメラミンの混入によってたんぱく質含量が偽装された小麦グルテンを原料としたペットフードのOEM生産がおこなわれ、多数の銘柄の6000万食ともいわれる大量のフードがリコールされた。この際のリコールの対象となった、実際にメラミンに汚染されていたドッグフードが日本にも並行輸入されて流通しており大きなニュースになった。これらのことや食品一般の安全・安心への関心の高まりがきっかけとなって、ペットフードに含まれる可能性のある抗酸化剤以外の有害成分について知られるようになった。国民生活センターに寄せられた犬・猫用ペットフードの安全・衛生および品質に関する相談件数をみると、2004年度から2006年度まではいずれも年間110件前後であったが、2007年度および2008年度では300件ほどに達している。
 これらのことを受けて、今年の6月から愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律(いわゆるペットフード安全法)が施行された。その内容は過去の記事に詳しく紹介されている。この法律では、マイコトキシンについてはアフラトキシンB1のみであるが、残留農薬についてはグリホサート、クロルピリホスメチル、ピリミホスメチル、マラチオン、メタミドホス、添加物としては抗酸化剤のエトキシキン、BHA、BHTの,具体的な成分規格が、また、安全性を確保するための製造方法の基準がそれぞれ定められた。これらは、商品の表示からは見てとれなかった部分であり、消費者の不安感を和らげるには大きな前進であることは間違いない。また、環境省からは飼い主のためのペットフード・ガイドラインが配布されるようになった。犬用や猫用の総合栄養食では穀類などのマイコトキシンや残留農薬汚染の可能性のある原料は肉類など他の原料の添加で希釈されるためにリスクは一般的には大きくはないと考えられる。しかし、シニア犬用のフードなどではトウモロコシ等の穀類が原料としてペットフードに占める割合が想像以上に大きい。また、穀類を基にした鳥類、ウサギやハムスターなどのげっ歯動物用のペットフードではリスクが高いと考えられるが、ペットフード安全法の適用は現在のところ犬と猫用のフードとされている。
ドイツの例
 ここでペット先進国の一つであると言われるドイツの例を見てみよう。ドイツにおいてもそれまではペットフードに対するマイコトキシンの基準値は設定されていなかったが、2006年の米国のペットフードのアフラトキシン汚染の例がヨーロッパでも大きく報道されるなど、マイコトキシンに対する基準の設定の必要の高まりを受け、連邦リスク評価研究所(Bundesinstitut fuer Risikobewertung)の2006年のリポートでは、ペットフード中のアフラトキシンB1、オクラトキシン、フモニシン、ゼアラレノンの基準値を加えることについて検討している。しかし、いずれもこれらに比較的感受性が高いとされる豚用飼料の基準を準用し、寿命まで生涯を全うすべきペット動物では必然性の高い、長期にわたる摂取によるリスク評価や慢性中毒のリスクについてはデータがないことを問題点の一つに挙げている。
 一方、消費者に対しては大手の商品情報誌がペットフード安全性に関する評価を積極的におこなった。たとえば、「test」誌では、ドッグフード30銘柄について調査を実施している。調査項目は値段、包装、内容量、三大栄養素はもとよりビタミン類およびミネラル含有量や脂肪酸組成を含めた栄養生理学的品質評価、重金属、ヒ素、アフラトキシン、デオキシニバレノール、ゼアラレノンのマイコトキシン含有量、残留農薬、サルモネラや大腸菌による汚染、遺伝子組換え大豆の使用の有無、表示の基準を満たしているか、与え方の表示は適切かなどのラベリングまでに及んでおり、総合評価ではこれらが点数化されて示されると同時に「とても良い」から「不可」までの5段階に評価されている。また、分析方法についてもその概要が記され、例えば「マイコトキシンついてはイムノアフィニティーカラムで精製後HPLCで分析」など一般消費者向けの雑誌としては詳細に記述されている。これらの調査結果は消費者にとってはかなりの情報量となり、数多い銘柄からデータに基づいた客観的評価を基準にした選択を可能にしている反面、生産販売する側にとっては厳しい品質管理あるいは改善が求められるものとなっている。また、「OKO-TEST」 (エコテスト)誌では2004年から同様の調査を3年連続して行っているが、調査の結果の丁寧な解説のほか、語句の説明も事細かに掲載している。これらの例は今後の大きな参考になろう。
おわりに
 畜産物を生産する産業動物である家畜は大抵の場合はその生涯を短く終えるが、ペットは老いて寿命を全うするまで人々の伴侶となる。ペットにフードの好みがあると長期間にわたって同じブランドの同じフードを食べ続ける傾向にあり、ペットフードの安全性はペットの生涯にわたって担保されなければならない。これは、すなわち犬であれば、幼犬や成犬から老犬まで必要に応じて栄養素が過不足なく供給され、同じフードを毎日、人間の時間に換算すれば10年、20年の長きにわたって摂取しても、健康を害するものは含んではならないことを意味している。犬や猫の心ある飼い主は、自分よりずっと速く老いてゆく物言わぬ彼らを伴侶としているので、そのことをよく知っているはずである。
参考文献
ドッグフードを考える、暮らしの手帖、No.96、35-41、2002
犬・猫用ペットフードの安全性に関する相談、報道発表資料、独立行政法人国民生活センター、2009
Trockenfutter fuer Heimtiere kann Schimmelpilzgifte enthalten, Stellungnahme Nr.031/2006 des BfR vom 10. Mai 2006
Zu viel im Napf, test , 9, 70-75, 2006
OKO-TEST Kompakt Haustiere: Hundefutter, Elektronisches Archiv, OKO-TEST verlag GmbH, 2006
著者略歴
井上 達志
宮城大学食産業学部教授
ニュージーランド国立マッセイ大学大学院博士課程修了、PhD
専門は家畜およびペット用飼料の安全性評価
2007年6月に菰田俊一(宮城大)とともに国内流通ペットフードのメラミンによる汚染状況を分析調査し、汚染フードの流通例があることを農林水産省に報告した。
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