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アレルギー物質を含む食品の表示と最近の検査法
実践女子大学生活科学部教授 豊田正武
1.はじめに
 食物アレルギーとは、原因食品を摂取した後に免疫学的機序を介して、皮膚のじんましんや呼吸困難など生体に不利益な症状が引き起こされる現象を意味しており、短時間で重篤な症状となる場合には生命の危険もある。我が国では食物アレルギーによる健康被害の報告も多く、何らかの食物アレルギーを持つ人は人口の数%に及ぶといわれている。そこで、厚生労働省では市販食品の摂取による食物アレルギーのリスクを低減することを目的として、アレルギー物質を含む食品について、表示による情報を提供することとなった。またこれらアレルギー物質の表示の義務化に伴い、表示を監視する目的で検査法も通知されている。本稿では日本におけるアレルギー物質の表示と検査法についての概略を説明する。
2.表示制度
 厚生労働省では平成14年4月から食物アレルギーの発症数や重篤度の調査を踏まえ、卵、乳、小麦、そば、落花生の5品目を特定原材料とし、省令により全ての流通段階における表示を義務付けた。また特定原材料に準ずるあわび、いか、いくら、えび、オレンジ、かに、牛肉、くるみ、さけ、さば、大豆、キウイフルーツ、鶏肉、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、リンゴ、ゼラチンの19品目については通知により表示を奨励した。平成16年12月には一部見直しが行われ、特定原材料に準ずる品目としてバナナが追加され、20品目の表示が奨励された。さらに平成17年度に行われた食物アレルギーに関する実態調査から、甲殻類としてまとめると発生頻度が卵、乳、小麦及びそばに次いで高くなっていること、えび・かにについては患者の両原材料に関する交差反応性が高いことが新たに明らかとなった。これを受け平成20年6月に表示制度の見直しが行われ、「えび」又は「かに」を原材料とする加工食品(当核加工食品を原材料とするものを含み、抗原性が認められないものを除く)は平成20年6月3日に食品衛生法施行規則の一部を改正する省令により、2年間の猶予期間を設け、これらを原材料として含む旨の表示が必要となった。現在の義務及び推奨表示品目を表1に示す。
表1 特定原材料及びそれに準ずる原材料
品目名
特定原材料
(義務表示)
卵、牛乳、小麦、そば、落花生、えび、かに
準ずる原材料
(奨励表示)
あわび、いか、いくら、オレンジ、牛肉、くるみ、さけ、さば、大豆、キウイフルーツ、鶏肉、牛肉、バナナ、まつたけ、もも、やまいも、リンゴ、ゼラチン
(ただし、えびとかについては2年の猶予期間を経て平成22年6月より本格的に義務化)
 なお、特定原材料を使用しない食品であっても、同一製造ラインで直前に特定原材料を含む食品を製造した場合、十分製造ラインを洗浄したにも拘わらずごく微量の特定原材料が混入する(いわゆるコンタミネーション)恐れがあるし、またすり身やしらすのように混獲によりえびやかに等が含まれる場合やトウモロコシ、小麦、大豆等の相互混入の場合の自然のコンタミネーションの恐れがある。このようなコンタミネーションが避けられない場合には、製造業者が消費者にそのようなリスクを情報提供するため、欄外に注意喚起表示することが奨励されている。
 以上のような食物アレルギー表示品目の範囲と表記についての説明は厚生労働省の「加工食品に含まれるアレルギー表示」のパンフレットあるいはQ&Aを参照すると良い。
3.特定原材料などの検査法
 特定原材料等を含む食品において表示が必要とされる量については、平成13年10月のアレルギー表示検討会の報告書に、微量即ち数μg/mL濃度レベルまたは数μg/g含有レベル以上の特定原材料等の総タンパク質を含む食品については表示が必要とされている。この原則に従い、ELISA(酵素免疫測定法)によって定量した場合、食品1g当たり特定原材料等由来のタンパク質が10μg(10ppm)以上含まれる場合には、微量以上の特定原材料の混入の可能性があることになっている。
 平成14年4月の食物アレルギー原因物質の表示の義務化に伴い、平成14年11月にアレルギー物質を含む食品の検査方法について(通知検査法)が公表された(最終改正平成21年7月24日)。即ち、まず検査特性の異なる2種のELISAによる定量検査を行い、両法の結果と製造記録の確認から、その表示が適正であるかを判断する。この判断が不可能である場合は、特異性の高い定性検査法であるウェスタンブロット法(乳、卵)、またはPCR法(小麦、そば、落花生、えび、かに)を実施し確認を行うことになっている。
特定原材料の検査法
 ELISAによる定量法:乳、卵、小麦、そば、落花生の5品目については、複合抗原を認識するポリクローナル抗体を用いたELISA(日本ハム(株)製)と単一または精製抗原を認識するポリクローナル抗体を用いたELISA((株)森永生科学研究所製)とがあり、5種モデル加工食品によるバリデーションが行われ、良好な結果が得られている。その後、両方法の抽出効率を上げる目的で、界面活性剤と還元剤を加えた統一抽出に改良が加えられている。えび・かにの2品目については、えび及びかにの主要アレルゲンであるトロポミオシンを認識する2種のELISAキットが開発されている(日水製薬(株)、(株)マルハニチロ食品)。両キットは5種モデル食品によるバリデーションで良好な結果が得られている。しかし、両法ともえびとかには識別されず、甲殻類として検出することに注意が必要である。なお、ELISAにおいては他の共雑タンパク質の存在による偽陽性やマトリックスの影響による偽陰性の起こる場合もあるので、各社製品の偽陽性及び偽陰性に関する注意情報をチェックする必要がある。表2にえび・かに用ELISAキットの交差反応性を示す。
 ウェスタンブロットによる定性法:乳及び卵の特定原材料タンパク質をポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離し、PVDF膜に転写後、膜上での抗原抗体反応により検出する方法である((株)森永生科学研究所製)。本法は交差反応性のある鶏卵と鶏肉の判別あるいは牛乳と牛肉の判別等に有用である。
表2 甲殻類用ELISAキットにおける交差反応性(ブラックタイガーのトロポミオシンとの反応性を100%とする)
日水キット
交差率(%)
ブラックタイガー 100
クルマエビ 94
アメリカンロブスター 102
ズワイガニ 93
タラバガニ 102
ナンキョクオキアミ 82
マダコ <0.1
スルメイカ <0.1
クロアワビ <0.1
エゾバイ <0.1
アサリ <0.1
ホタテガイ <0.1
マガキ <0.1
マルハキット
交差率(%)
ブラックタイガー 100
ホッコクアカエビ 66
イセエビ 114
キューバロブスター 106
タラバガニ 39
ガザミ 29
シャコ 7.6
オキアミ 1.2
アミ 0.1
フジツボ <0.1
カメノテ <0.1
 PCR法による定性:小麦、そば、落花生、甲殻類について、試料中のDNAを精製し、特異的なDNA領域をPCR反応で増幅し、アガロース電気泳動で分離し、増幅したDNAのバンドを検出する方法である(オリエンタル酵母工業(株)製及び(株)ファスマック製)。本法は交差反応性のある植物性食品間及びえびとかにの識別に有用である。
 簡易測定法:乳、卵、小麦、そば、落花生について、抗体を用いたイムノクロマト法(ラテラルフロー法)を用いたキット(日本ハム(株)製、(株)森永生科学研究所製及びプリマハム(株)製)が、甲殻類についてもキット(日水製薬(株)製)が市販されている。試料からの抽出液を試験ろ紙上に滴下し、抗原抗体法により15〜20分後にバンドを検出する方法である。本法は数〜10ppm程度の原材料タンパク質を数時間以内に簡易に検知できるため、製造工場における工程管理用に極めて有用であるが、一般食品への定性的応用にはプロゾーン現象(多量抗原の存在によるバンドの不明確化)やマトリックスの影響等があり若干注意が必要である。
その他奨励品目の検査法
 大豆については、ELISA、ウェスタンブロット法及びイムノクロマト法(日本ハム(株)製)、PCR法(オリエンタル酵母工業(株)製)が開発されている。くるみについては、ELISA((株)森永生科学研究所製)、PCR法(オリエンタル酵母工業(株)製)が開発されている。キウイについてはELISA(プリマハム(株)製)及びPCR法(ハウス食品(株)製)が開発されている。肉類についてはreal-time PCR法(オリエンタル酵母工業(株)製)が開発されている。
4.今後の課題
 以上に記載した原材料以外のアレルギー物質についてはELISA或いはPCR法による検出に向けて研究が進められている。また現在開発されているELISAでは抽出液に使用されている2-メルカプトエタノールが平成20年に毒物に指定されたので、抽出液の取扱には留意が必要であり、現在2-メルカプトエタノールを使用しない抽出液及び抽出法についての検討がなされている。
参考文献
厚生労働省ホームページ:アレルギー物質を含む食品に関する表示について
厚生労働省医薬食品局食品安全部「アレルギー物質を含む食品の検査方法について」
(平成14年11月6日及び平成21年1月22日)
厚生労働省医薬食品局食品安全部「食品衛生法施工規則の一部を改正する省令の施工について」
(平成20年6月3日)
「アレルギー物質を含む加工食品の表示ハンドブック」厚生労働省医薬食品局食品安全部発行
(平成21年3月)
穐山ら:アレルゲン検知法の新たな開発状況、臨床免疫・アレルギー、51, 363-370(2009)
著者略歴
 東京大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。国立医薬品食品衛生研究所大阪支所食品部から東京に転勤し、食品部室長、食品部部長を経て平成14年3月定年退官し、現在実践女子大学生活科学部食生活科学科教授。食品部長の時代より食物アレルギー物質の免疫学的測定法の検証及びモニタリング調査等に従事している。また食品中糖分、酸度、水分の簡易測定法(近赤外測定法)について調査研究を行っている。
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