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消費者庁・消費者委員会の設置と予想される課題
静岡県立大学食品栄養科学部客員教授 米谷民雄 ((社)日本食品衛生学会会長)

 消費者の視点にたち消費者行政の一元化をめざす消費者庁設置関連3法案が、衆議院で4月17日に、参議院で5月29日に、ともに全会一致で可決された。3法案とは、消費者庁及び消費者委員会設置法(以下、設置法)、消費者庁及び消費者委員会設置法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律(以下、整備法)、消費者安全法の3つである。元の政府案から急遽全会派共同提案の修正案になったため、全会一致とはなったが、多くの問題点が附帯決議にまわされている。そのため附帯決議の数は、衆議院で23、参議院では実に34項目にのぼる。その他に、法案自体の附則にも今後検討すべき事項が盛り込まれている。
 設置法によると、消費者庁は内閣府の外局として設置される。消費者基本法(昭和43年)の基本理念遂行のために設置されるものとされ、所掌事務に関する法律の1つとして、食品衛生法やJAS法と共に、今回成立した消費者安全法もならんでいる。 この消費者庁を監視するために、消費者委員会が設置される。元の政府案では消費者政策委員会を消費者庁内に設置する案であったが、監視機能を強化するために、消費者庁と同格にして内閣府に設置され、首相や各省大臣に建議したり首相に勧告できる強い立場の委員会となった。
 消費者庁は法案成立当初、今年10月に発足予定とされていた。しかし、消費者庁・消費者委員会設立準備室が発足した6月4日の懇談会で、麻生総理から「今年9月には消費者庁として発足させたい」との意向が示されている。前内閣から引き継がれた消費者庁設置であるが、どの内閣の時にスタートできるのか不確定である。
 消費者庁及び消費者委員会の組織図(案) がhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/shouhisha/3houan/
090529/9sosikizu.pdf
に示されている。消費者庁は長官以下202名の定員であり、経済産業省や農林水産省などから約200名が出向する予定である。司令塔部分は3課、執行部門は4課からなる。たとえば、今回の法改正で消費者庁に移管される健康増進法関連の事務は、執行部門の食品表示課が主要な事務を所管することになる。
 一方、消費者委員会には、必要に応じて臨時委員や専門委員を置くことが出来るとされている(設置法第9条)。
 なお、設立準備室には室長以下57人の職員が現在のポストと併任で配属された。消費者庁が内閣府国民生活局を同府内の新組織に格上げする形で設置されるため、準備室長には内閣府国民生活局長が任命されている。

 この消費者庁については、法案提出時から、多くの問題点や疑問が投げかけられている。
(1)消費者庁の権限とその行使能力、(2)国の行政機関間の関係、(2)地方の現場での課題、
(4)悪徳業者の不当利益の吐き出しや被害者救済の問題、(5)その他各種の不安
、などである。

(1)については、消費者庁が食品などの偽装表示、悪徳商法、製品事故など、表示、取引、安全の3分野にまたがる広範な分野をカバーし、かつ、地方(現場)での対応が必要であるが、はたして200名程度のスタッフで対応できるかという点である。消費者庁は消費者行政の司令塔となり、消費者からの苦情等の情報を一元的に収集し、各省庁に是正勧告をし、重大な「すきま事案」には事業者に直接命令できる権限をもつ。どうみても、仕事量に比べて職員数が少なすぎるという指摘である。
(2) 所管する法律は29本であるが、多くの業務がこれまでの所管省庁と共管とされ、スタッフも旧所管省庁からの出向者が多い。出身省庁の顔色をうかがうような姿勢では困りものである。さらに、各省庁が所管していた業務を一段高い内閣府という立場から一元的に取り扱う形となるため、各省庁からの反発も予想される。「消費者庁主導」とされているが、共管する立場から提案するような形になるのであろうか。共管する場合の連携方法が注目される。
また、立入検査や行政指導は旧所管省庁に行わせるが、消費者庁への通知を義務づけし、必要な場合は消費者庁自ら立入検査を実施する(整備法)とされている。しかし、内閣総理大臣や内閣府特命担当大臣が強力なリーダーシップを発揮しないと、単なる情報収集機関になってしまう恐れがある。
なお、衆参両院により、政府が法律の施行に当たり十分配慮すべき事項の1つとして、「消費者行政に係る体制整備に当たっては、関係機関、特に独立行政法人国民生活センター、独立行政法人製品評価技術基盤機構、及び独立行政法人農林水産消費安全技術センターを始めとした商品検査機能を有する各機関の機能強化を図るとともに、消費者庁、消費者委員会、(参議院では地方公共団体も加えられている)との連携強化のため必要な措置を構ずるものとすること。」と附帯決議されている。経済産業省や農林水産省の関連する独立行政法人の機能強化が盛り込まれており、旧所管省庁にもメリットがあるようにされている。ただし、厚生労働省関連は具体的には記載されていない。
(3) 実際の苦情や相談の多くは各自治体に持ち込まれるが、消費者庁は地方組織を持っていない。そのため、国民生活センターを介しての、地方の消費生活センターとの連携が非常に重要となる。消費生活センターについては、消費者安全法第10条により、都道府県では必ず設置し、市町村では設置するよう努めなければならないとされているが、現在のところ設置していない市町村が多い。また、設置されている所は都市部に偏っている。そのため、国が財政支援をして、地方消費者行政の体制を整備することが必要である。この方針に基づいて、平成20年度補正予算には、消費生活センターの設置・拡充や相談員のレベルアップに取り組む地方自治体への予算的支援、国民生活センターによる地方支援事業(国自らも地方を支援)、PIO-NET端末が配備されていない市町村への追加配備などが盛り込まれている。今後3年程度で集中育成・強化が実施されるが、その後の国による支援の在り方等についても、附帯決議に盛り込まれている。さらに、相談員の処遇改善についても附帯決議されている。いずれにしても、3年程度で終わりにされては、現場は困るであろう。地方自治・分権が叫ばれるなか、地方消費者行政の貧困さが心配である。
(4) 悪徳業者から不当な利益をはき出させる仕組みや、被害者の救済制度については、附帯決議においても、「幅広い検討を行うこと」とされているだけであり、文字通り今後の検討課題となっている。
(5) その他の課題(心配な事項)
1) 「すきま事案」で消費者庁が事業者に勧告・命令や回収指示などが出来るのは、「重大事故等」が発生した場合(消費者安全法第17条〜19条)とされている。この重大事故等の定義は政令で定める要件に該当するもの(消費者安全法第2条)となっており、6月5日付で消費者安全法施行令(案)と消費者安全法施行規則(案)が示されている。それに対して日本弁護士連合会からは意見書が提出されている。この要件が、これから事件が裁判になった時の結果を左右するものであるため、最終内容が注目される。
2) 消費者庁を監視する立場の消費者委員会には、首相に勧告できる強い権限が与えられる。しかし、同じ勧告権をもつ食品安全委員会はこれまで一度も勧告したことがないようで、消費者委員会が果たして権限を行使できるのか、今から危ぶむ消費者サイドの声がある。食品安全委員会は、リスク評価機関とリスク管理機関の分離という理念から消費者庁の中に入れられなかったが、食品安全委員会の評価においては消費者の意見が反映されず、評価時の資料が厚生労働省や農林水産省が提出した資料であり委員会の独立性に疑問があるとして、消費者サイドには食品安全委員会を消費者庁に入れた方がよいという考えもあったようである。食品安全委員会に対する消費者サイドの失望が、消費者委員会への期待と危惧に反映しているようである。ただし、食品安全委員会はあくまで、食品としての安全性を純粋に科学的に評価するための機関であることを認識しておく必要がある。
3) 加えて、はっきりしないのが、消費者委員会委員の人選である。委員は附帯決議では「すべて民間から登用する」と決議されている。ただし、民間の定義が曖昧で、官僚退官後どの程度民間にいれば許容されるのか未定のようで、人選は難航するかもしれない。
はじめに

 消費者庁が新たに設置されても現実的にはスタッフは旧所管省庁からの出向者で占められるため、大きな混乱は生じないかもしれないが、逆に、大きな変化も望めないようでは困る。一方、同じく新設される消費者委員会は、強い権限を行使して監視役を務めていくかもしれない。
 消費者の視点に立って消費者行政を考えると、事業者は悪いことをするものだととらえられがちで、如何に規制するかということになるのかもしれない。しかし、規制が過剰になれば、事業者のみならず消費者にも不利益をもたらすことも考えられる。一部には悪徳業者がいるであろうが、消費者と事業者がともに納得できるマーケットが形成されるのがベストでる。そのための消費者庁創設であってほしい。
 なお、消費者庁については具体的な情報がなかなか入手できないため、誤った解釈になっている部分があるかもしれない。ご指摘いただければ幸いである。

著者略歴

 大阪で、西天満小学校から北野高等学校まで学ぶ。京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。国立公害研究所を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長及び食品部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に、研究者サイドの中心として対応。平成20年3月に定年退官し、静岡県立大学客員教授。現在、(社)日本食品衛生学会会長、日本食品化学学会理事・編集委員、日本微量元素学会評議員・毒性評価委員長など。

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