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残留分析におけるマトリクス効果について
 残留農薬等の分析において、たびたび問題になり、また、話題になるものに「マトリクス効果」が挙げられます。この場合の「マトリクス」とは、試料から農薬等を抽出する際に同時に抽出され、精製行程でも除去し切れなかった試料成分のことを差します。目的とする測定対象物質以外という意味から「きょう雑物質」と言うこともあります。
 試料を用いない空試験では期待する分析結果が得られるのに、試料を用いると良い分析結果が得られない場合は、全て「マトリクス」の影響ですので、前処理を含めて「マトリクスの影響」といえるのですが、こと残留分析においては、主に分析機器の応答値が異常な場合を「マトリクスの影響」と表現する場合が多く聞かれます。更に「マトリクス効果」と呼ぶ場合は、ガスクロマトグラフ(GC)やガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)での応答値が異常で有る場合を指すことが多くあります。
 GCまたはGC/MSの測定において、添加回収試験の結果が理論添加量と比較して、200%や300%などという結果が応答値として出てくることがあります。実際には、検体に農薬を添加して、抽出、精製などの前処理行程が有るわけですから、ロスをすることはあっても100%を超える回収率は有りえないわけですが、実際にはよく見られる現象です。これは、単純な有機溶媒で調製した「農薬溶液(標準溶液)」と精製で除去し切れなかった試料成分も溶解した有機溶媒中の「農薬溶液(試料溶液)」がGCまたはGC/MSで、挙動が違うことに起因します。最も多いのが、GC注入口のインサートライナーでの吸着や分解です。有機溶媒のみで調製した「標準溶液」が吸着や分解を起こし、本来の量がGCカラムを通し、検出器まで到達できないからです。一方、試料溶液では試料成分がインサートライナー中をコーティングして、農薬は吸着や分解などを起こすことなくGCカラムに導入され、検出器まで到達できるからです。このように試料成分の存在が、より正しい量が注入されることから単に「マトリクス影響」ではなく「マトリクス効果」という正のイメージを語感の中に含めていると思われます。
 このマトリクス効果を防ぐ方法としては、「標準溶液」と「試料溶液」の組成を近づけることになります。具体例を以下に記述します。
(1) 極力不活性なインサートライナーや装置を使用する。
吸着点である残存シラノールを極力排除したものを使用します。また、注入口での吸着などはインサートライナーの上下の金属部分で起こる事も有るので、インサートライナーのみでなくこれらの金属部分も定期的に洗浄する必要もあります。また、GC/MSにおいては、インサートライナーのみならず、イオン源での吸着の場合も有ります。直線を示していた検量線が、2次曲線的になった場合は要注意です。イオン源も定期的に洗浄する必要があります。また、機器での「マトリクス効果」だと思っていたことが、オートサンプラーの試料瓶に吸着を起こしていたといったことも有るので機器にまつわる全てで注意が必要とされます。
(2) マトリクス効果が出なくなるまで食品成分を除去する精製を行う。
極力精製を行った試料溶液は機器への負担(汚す原因)が減りますので最も推奨されるものです。ただし、コストと労力が必要となりますし、一斉分析などは精製度を上げるのは非常に困難です。
(3) マトリクス効果が出なくなるまで試料溶液を希釈する。
簡易で効果が得られます。ただし、当然ですが、機器感度との兼ね合いとなります。測定対象物質の機器感度が高い場合に限り有効です。
(4) 試料溶液を溶媒として標準溶液を作る。
標準溶液も同様なマトリクス効果が出るので大変有効です。ただし、標準溶液のために試料溶液を作らなくてはならず煩雑です。同様の効果を簡易に得るためには起爆注入(標準溶液を注入する前に試料溶液を注入する)を行う方法や擬似マトリクスとして、数百mg/Lのポリエチレングリコール溶液を使用する方法があります。
(5) サロゲート物質(農薬と同じ構造だが、H(水素)をD(重水素)、13C(炭素)を13C(炭素)の同位体に置き換えて作製された標準品)を使用して補正する。 最も有効な方法です。基本的には全ての現象が補正できることになります。しかしD置換体のサロゲートは時折、前処理やGC注入時にDがHに変化してしまう場合もあります。サロゲートとしての安定性や挙動の類似度はD置換体よりも13C置換体の方が一般的に良いと思います。サロゲート物質は非常に高価で有ることが難点です。
 また、マトリクス効果を起こしているような場合は他の現象が併発することがありますので、以下のような場合は、マトリクス効果が起こっているのではないかと疑うべきです。
(1)ピーク形状の相違
(2)保持時間のズレ
これら(1)(2)は同時に起こることもあります。(1)はカラムの劣化で当然起こりますが、もともと測定対象物質とGCカラムの極性的なマッチングが悪い場合にも起こります。最近は一斉分析が流行しているため広い極性の物質を多成分測定でき、堅牢性の高い微極性カラムが多用されますが、一部極性が高い物質などは少しのカラムの劣化等でテーリングを起こします。標準溶液ではテーリングが見られるが、試料溶液はテーリングが無い場合はまず間違いなく、マトリクス効果による応答値の相違も有ると考えられます。また大量のマトリクスがカラム内に入った際には、ピークのリーディング現象や保持時間のズレが生じ、ほぼ完全分離といわれる分離度1.5程度のズレは平気で起こす場合があり、ピーク誤認にもつながります。
 このように、マトリクス効果は、未知試料測定の場合は定性的にも定量的にも異常な結果を報告してしまう可能性が有り非常に危険です。常時、マトリクス効果の有無を監視しつつ測定結果を採用することが必要とされます。
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