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第34回米国食品衛生調査団に参加して〜フードディフェンスへの取組から公衆衛生の最新情報〜
SUNATEC コンサルティング室  室長 辻 裕文
はじめに
 第34回米国食品衛生調査団が社団法人日本食品衛生協会の主催で編成され、登録検査機関や食品企業で研究開発や品質保証、製造、検査業務、食品衛生のコンサルタント等の業務に携わっている20名が参加しました。平成20年11月11日から22日までの日程で、米国政府行政機関、業界団体、研究機関、食品製造企業を訪問し、米国における食品衛生の取り組み、食品製造企業におけるHACCPの実態、サプリメントの先進国である米国での関連規制やGMPの実態、感染症の現状と対策に関する調査を行い、見識を広めました。中でも2001年9月11日に発生した世界同時多発テロ以降、米国政府が積極的に取り組みを進めている食品テロ対策「Food Defense」については、参加者の最大の関心事項でした。本号では、各所での調査内容をご紹介いたします。
訪問先
1) 農務省 USDA(United States Department of Agriculture)
 USDAの所管は肉、家禽類、卵である。ここでは食品テロ対策を担当しているFSIS(Food Safety and Inspection Service)を訪問し、Food Defenseについての説明を受けた。
 米国では2001年の9.11テロや同年の炭疽菌事件以降、テロへの危機感が高まった。またアルカイダの所持していた書類から食品がテロのターゲットであることが判明した。過去に米国では1984年に宗教団体が選挙の妨害を狙い、サルモネラ菌を故意に混入させたテロ(オレゴンサラダバー事件)があったが、2001年の上記事件を機に食品テロ対策への認識が高まった。2002年6月にバイオテロリズム法が制定され、同年FSISも組織として立ち上がった。
  Food Defenseとは生物的、化学的、物理的な危害因子の意図的な混入から食品を保護し、食品の安全を守ることを指し、今までの食品安全の考え方とはシステムが大きく異なっている。国際会議の場でも殆どの食品物流が害虫、微生物、意図的な毒物の混入などに対し、いかに脆弱であるかということやアルカイダが農業に関心を持っているということが報告されている。ちなみにFood Securityとは健康で活動的な生活をおくるために十分で安全で栄養のある食品を全ての人がいつでも入手できるように保証し、食品の安全を確保することとされている。またFood Safetyとは食品の供給行程における微生物的、化学的、物理的な危害要因分析によりリスクを評価し、評価に基づく管理を行うことで危害因子による汚染の防止または低減を図り、食品の安全を確保することとされている。
 FSISはFood Defenseに関し次の施策を実施した。(1)Food Defenseのガイダンスを食品製造業者、輸入業者、運送業者などを対象に提供。(2)バイオセキュリティ認識トレーニングや緊急指令システムのトレーニングなどを実施。(3)Food Defenseの産業モデルプランの提供。(4)ウェブサイトで脆弱箇所が自己評価できるツールを公表し、この自己評価法はCARVER+Shockとよばれている。CARVER+Shock とは単語(危険性、アクセス容易性、回復容易性、脆弱性、影響、認識容易性、衝撃度)の頭文字を掛けたものである。
2) 食品医薬品局 FDA(Food and Drug Administration)
 FDAは米国保健福祉省の部局の1つで農務省の所管以外を対象にした食品や医薬品、動物性医薬品等を所管している。ここではFood Defenseとダイエタリーサプリメントについての説明を受けた。

○Food Defenseについて
 FDAではFood Safetyに関する取り組みを50年間実施してきたが、Food Safetyでは危害因子の意図的な混入から食品を保護することはできないと考えている。2001年の同時多発テロを起こしたアルカイダの資料の中に農業施設のリストが発見されたことから、食品が生物兵器や化学兵器等により攻撃を受けた場合、それを検知することは難しく、被害が拡大しやすい。また実際に事件が発生していなくても心理的な攻撃を狙った風評による被害だけで大きな損失となることが懸念される。例えば1990年にチリ産ブドウにシアン化合物を混入したという狂言により市場が混乱した。そのため、FDAではこれらの危害から食品を防御するためのFood Defenseへの取り組みをスタートさせた。具体的な施策としては次に示す3つの命名されたソフトウェアを作成し活用できるようにした。(1)ALERTという5つの単語(保証、様子、従業員、報告、脅威)の頭文字を掛けて作成したプログラムによる企業マネージャーへの認知度向上。(2)FIRSTという5つのキーワード(従う、調査する、見分ける、確保する、知らせる)の頭文字を掛けて作成したプログラムによる従業員教育の推進。(3)CARVER+Shock法による脆弱性の自己評価を推進。

○ダイエタリーサプリメントについて
 FDAは1994年にダイエタリーサプリメントを対象とした法令である栄養補助食品健康教育法(DSHEA:Dietary Supplements Health and Education Act)を制定した。この法令はサプリメントの定義、原材料に対する規定、表示に対する規定である。また2009年1月よりサプリメントを使用して重篤な健康被害が発生した場合のFDAへの届け出、FDAの要求に応じて製造記録と苦情情報を掲示することなどが義務付けられた。サプリメントの製造業者が新規原材料を含有した新商品を市場に流通させるには流通の75日前にFDAに通知することと新商品は科学的に安全であることを証明する旨を提示することとしている。またFDAには栄養補助食品健康教育法によりサプリメントの安全性を保障するためにGMPの規定を設定する権限がある。
3) 米国栄養評議会 CRN(Council for Responsible Nutrition)
 ダイエタリーサプリメント業界において原材料供給者及び製造者を代表し、政府直轄の業界団体として1973年に設立された。ここでは栄養補助食品健康教育法、サプリメントのGMPや表示、業界の自主規制について説明を受けた。栄養補助食品健康教育法についてはFDAの報告と重複するため割愛する。
 サプリメント製造におけるGMPは、1994年に栄養補助食品健康教育法によりガイドラインが規定された。規定にあたり医薬品や食品のGMPなどが参考にされた。これはサプリメントの製造業者のみに適応され、原材料製造業者には適応されない。そのため、原材料製造業者は従来通り食品のGMPに従わなければならないとされている。
 サプリメントでの重篤な有害事象発生時の報告義務は、2007年12月にサプリメント及び一般医薬品消費者保護法(Dietary Supplement & Nonprescription Drug Consumer Protection Act)が施行された。この法律により、サプリメント及び市販されている一般医薬品(OTC)に関する全ての「重篤な有害事象」をFDAに報告することが義務付けられた。サプリメントの製造業者は、サプリメントに関する重篤な有害事象の報告について、報告を受けてから15日以内にFDAに提供せねばならない。また報告の記録は6年間保管しなければならないとされている。報告義務化の意義としては、FDAは大きな公衆衛生問題に発展する潜在的な兆候を監視するツールと見なしており、また潜在的な問題の早期の警戒信号となり、バイオテロの特定にも役立つとされている。
 CRNはNAD(National Advertising Division:全国広告審査局)という広告を監視する自主規制組織と協力してサプリメントに関する悪質な広告の監視を強化しており、業界の自主規制を行っている。
4) 国立衛生研究所 NIH(National Institute of Health)
 厚生労働省にあたる保健社会福祉省に所属する最大の研究機関であり、1987 年に設立された米国で最も古い医学研究機関である。本部はメリーランド州ベセスダに置かれている。27施設を持ち。18,000人以上のスタッフを抱え6,000人 以上の医師・科学者が活動している。ここではサプリメントの定義や規制、市場規模などの概要、サプリメントの試験方法や標準物質の開発、栄養補助食品室(ODS:Office of Dietary Supplement)の取り組みについての説明を受けた。
 サプリメントの市場は年々成長し、販売金額では1994年の86億ドルから2006年の225億ドルへ、製品の種類は4,000種類から75,000種類へと急増している。販売額の最も多いのはマルチビタミン、ビタミン(個別)、次いでミネラルで、最近ではグルコサミン、コンドロイチン、コエンザイムなどが売れている。特に急成長している分野としてプロバイオテックスがある。これは宿主に対して疾病の予防や改善などの有益な作用を示す微生物のことを指す。 サプリメント成分の分析方法が確立していないものについては、分析方法の開発を公認分析化学者協会(AOAC)と協力して行っている。成果は着実に上がっているが、サプリメントの製品数は2010年度には4万種類にもなると予想され、どのように取り組むかが大きな課題となっている。
 栄養補助食品室はNIH内に設置された部署であり、サプリメントの安全性や有用性の確立とその普及に向け、サプリメント成分の安全性や有用性評価に取り組んでいる。
5)  ユニセフ UNICEF
 国際連合児童基金が1946年にニューヨークに設立した機関。ここでは国際的な公衆衛生に対する見聞を広げることを目的に保健衛生分野の概要と水及び衛生に関する活動についての説明を受けた。約25億人の衛生環境は劣悪で、12億人にはトイレ等の衛生施設がない状況である。年間で180万人の5歳未満の子供が下痢性疾患で命をおとしている。死亡率の低下には水の衛生管理が重要であり、ユニセフでは安全な水と衛生の確保に注力している。公衆衛生の促進、飲料水の処理、手洗いが実行されるよう活動を行っており、飲料水を消毒処理することにより下痢症を34%低減、手洗い時に石鹸を使用することで下痢症が44%低減されている。
6)  疾病予防管理センター CDC(Center for Disease Control and Prevention)
 保健社会福祉省の組織の1つであり、世界中の国々と包括的な取り組みを行っている。米国の感染症に関する業務の中心となる組織で、ここでは食品媒介感染症についての説明を受けた。第二次世界大戦中に戦闘地域でのマラリアを管理するためジョージア州アトランタに設立された。本センターから発行される文献は大きな権威と影響力をもっている。CDCには医師・歯科医師・薬剤師等各領域のスペシャリスト15,000人が活動している。食品媒介感染症の管理に対する活動として、(1)監視、(2)疾病学的調査、(3)応用研究、(4)疾病の管理と予防、(5)州や地方の衛生局に対するトレーニングやサポートなどを行っている。
7)  フォアモスト・チーズ工場 Foremost FARMS
 フォアモスト・ファームは複数の州に跨る酪農協同組合で規模としては全米トップ10に入る。今回の訪問ではウィスコンシン州のリッチモンドセンターにあるチーズ工場で、(1)HACCPの取り組みとして導入手順やプログラムを有効にするポイント、(2)モツアレラチーズの製造におけるCCP管理とリステリアの管理、(3)Food Defenseに対する当施設での施策などについて説明を受けた。当日はモツアレラチーズの製造施設を見学し、懇切丁寧に説明や質問にも回答いただいた。
法律の概要
 今回の調査ではアメリカ大陸を東から西へ横断する思った以上にハードなスケジュールでしたが、幸いにも時差ボケに悩まされることは一回もありませんでした。最初に訪問したワシントンDCは、米国大統領選挙の一週間後ということで、街中の雰囲気はオバマ新大統領への祝福ムード一色(写真1)で新大統領が訴える変革への期待に満ち溢れていました。今年1月の新大統領の就任演説をテレビで観ていましたところ、写真2と同じアングルが映しだされていました。ご存じのように24万人の聴衆が見守っていましたが、数か月前に自分もあの場所にいたのかと思うと不思議な気持ちになりました。一方で、移動中のバスからペンタゴンが見えました。2001年9月11日にアルカイダにハイジャックされたアメリカン航空機が衝突し、一部が崩壊・炎上し犠牲者もでましたが、きれいに復旧していました。また数日後にユネスコを訪問した際に見たニューヨークの世界貿易センタービル跡地はまだ同時多発テロの爪痕を残しており(写真3)、米国が直面している現実を実際に見たことで、Food Defenseの説明には重みと説得力が感じられました。意図的な食への侵害を防御するというFood Defense の考え方は、日本ではまだ馴染みのないものですが、食料の海外依存度の高さやオウム真理教事件のような化学的なテロが発生した事例などから今後ますます重要になってくるものと思われます。ただし米国の仕組みをそのまま日本の食品事業者に導入していくことは運用上難しいのではと思われる箇所もあり、日本流にアレンジしていく必要はあるように感じました。 今回訪問した施設は中央省庁と直接的な関わりを持つ機関など今後二度と行けないようなところばかりであり、全ての経験が貴重な財産となりました。
 
写真1   写真2
写真3
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