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食品表示制度と消費者行政
宮城大学食産業学部フードビジネス学科 教授 池戸 重信
1.食品表示制度の本来機能と実態
 近年、食品企業の表示違反事件が頻発している。こうした違反事例が、テレビ等で大きく報道される度に、消費者の供給サイドに対する不信感は強まり、また規制や監視も強化され、日頃適正な表示を行っている業者にも少なからず迷惑がかかってくるという事態を招いている。
 ところで、供給サイドにとって、本来「表示」は消費者に対して知ってもらいたい情報を積極的に伝える媒体として、大変「重宝な」存在であった。しかし、現在の状況をみると、表示制度の複雑化と厳格化の進展により、適正な表示の判断や印字の手間などきわめて「やっかいな」存在となっている。
2.不正表示事件発生の要因
 本来「重宝」だった表示が「やっかいもの」になるという皮肉な現象は何故生じたのか?
 この原因としては、この半世紀における食品供給体制の変化が大きく影響している。
 何百万年といわれる人類の長い歴史の中で、つい数十年前まで、食べ物は、その季節、その場所で採れたもの、そして特定の人の手にかかったもののみが摂食可能であるというのが世の中の常識であった。したがって、生産(採取)→消費の距離はきわめて短く、そのルートも明確であった。
 ところが現在は、季節を問わず、世界中のものを全国どこにいても、しかも誰でも簡単に摂食可能となっている。このことは、つい数十年前までは全く非常識なことであった。すなわち、近年短期間のうちに従来の非常識が常識化されたわけである。この非常識→常識化の背景には、食品関連の技術開発の急速な進展とともに、食料需給のグローバリゼーション化や分業化などによる生産・製造・流通等の効率化があった。特に、流通面では個人小売店舗が減少する一方で、スケールメリットを前提とした無言販売形態の大型店舗が増加し、ますます「表示」に対する依存が増えていった。
 他面、フードチェーン間での分業化が進むと、各段階の職場において日常的に消費者の顔が見えず、その結果供給者〜消費者間の乖離が進むとともに、業務の効率性を追い求める結果として、消費者のための「食べ物」が単なる「物」としての扱いに変わることもありえるような事態となっていった。こうした状況が、少なからず現在の不正表示事件の発生につながっていることは否めない。
3.食品の不正表示と表示制度の変遷
 現在、食品の表示に関する法規制は、衛生的観点、品質や作り方等の観点、公正な取引の観点、さらには適正な重量や容量の観点等から、食品衛生法、JAS法、景表法、計量法等多岐の法令に関わっている。いずれもその時代の社会情勢を反映して、制定・改正されてきたものである。
 例えば昭和25年に制定されたJAS法は、当初「農林物資規格法」として主に農林物資の規格(JASマーク制度)に関した内容が規定されていたが、上記の牛缶事件をきっかけに昭和43年に制定された「消費者保護基本法」において、「表示の適正化」という施策内容を掲げたことから、昭和45年に食品の品質に関する「表示」の基準も対象とする「農林物資の規格化及び品質表示適正化に関する法律」として改正された。すなわち、それまで、食品の品質表示に関してまでは規制がかかっていなかったが、この改正により、一定の条件のもとで表示の義務付け(品質表示基準)がなされることとなった。これもその時代の消費者ニーズが反映したものといえる。
 その後、平成5年には、品質表示基準の対象が、それまでのJAS規格制定品目から、青果物やパン類等の日配品などそれ以外の品目にまで拡大された。
 さらに平成11年には、有機農産物・有機加工食品の表示基準が、TBT協定等国際的調和の観点も入れて制定された。
 また、翌平成12年には遺伝子組換え食品の表示が制度化された。
 一方、平成13年〜14年には、輸入牛肉を国産牛肉として偽装するなど不正表示事件が多発したことを踏まえ、平成14年にJAS法が改正され、不正表示の罰則が大幅に強化されるとともに、生産情報公表JASの制度も導入された。
 さらに、平成19年のM社の改ざん肉種の業者間取引実態を踏まえて、平成20年には業者間取引においても表示が義務付けられることとなった。
 このように、食品表示の規制は、社会情勢の変化に伴い年々厳格さを増してきているが、こうした傾向は基本的には消費者自身の不安が解消されない限り逆行することはないだろう。
4.消費者からみた食品表示
 上記のように、製造時の印刷や出荷前のチェックには相当の注意と労力を要している。しかし、こうした苦労はどれだけ消費者に届いているのだろうか。
 近年のように無言販売形態が通常となった状況下において、消費者にとって食品表示は、日常の食生活において必要不可欠な存在となっている。しかし、どの程度そのルールを理解しているであろうか。宮城大学食産業学部では、消費者に食品表示のルールがどの程度理解されているか、またどうすれば効果的な学習ができるかを研究の一環として取り組んでいる。消費者としては、若年層(小学生高学年)、高・大学生などの学生層、そして家庭の主婦など幅広い層を対象としている。具体的には、まず表示自体に興味を持ってもらえるような表示に関する簡単なクイズなどを課すことでその反応を見ているが、これまでの調査の結果によれば、どの層も理解度は不十分であることが明らかとなった。
5.若年層の表示理解度実態
 表示のルールは、出来るだけ若年の段階で理解させることが有効であるが、当学部近傍の小学校の協力を得て、6年生対象に簡単な「食品表示クイズ」を解いてもらった。その結果、ほとんどの問いが正解率5割以下であった。特に理解度の低い問いの一部を別紙に示す。
 クイズ終了後のアンケートによれば、ほとんど全員が「意外に知らなかったことが多かった。または、間違って理解していたことが多かった。」と答え、特に「原産地表示」や「マーク」に関しては「意外だった」(ともに61%)との結果だった。
 また、感想として、「クイズが面白かった」「自分が口にするものなのに、分からないことばかりだったので、もっと知りたい」「思っていたことが全く違い、びっくりした」などが寄せられた。現在、学生や主婦層に対しても同様の調査を実施中である。
小学6年生対象の食品表示クイズ(低正解率例)
6.消費者行政に望むこと
 食品の提供形態は時代とともに変わってきたが、信頼の提供も変わってきた。供給サイドとしては、安全と安心をセットで届けるという意向は強いものの、消費者としての受け取り満足度とのギャップがあることも確かである。すなわち、供給サイドの仕組みや苦労が必ずしも消費サイドに理解されているとは言えず、片側の自己満足や思い込みになっている場合も少なくない。したがって、消費者に対する「食育」の推進とともに両者間の交流促進も重要な課題といえる。
 現在、消費者庁の設置については、政治の狭間で揺れている。現時点での構想では、これまで各省が所管している消費者関係法令が、一括して消費者庁に移行することとなっている。表示制度をはじめ、これら法令に規定されている内容の大半が事業者に関するものであることから、いずれにしても今後消費者庁と事業所管官庁と連携が密にならなければ行政の縦割りの問題は依然として残ることが懸念される。また、前記の「食育」施策の充実という姿があまり見えていないように思える。
 今後、消費者のための行政組織がどのような形態になるにしろ、是非とも対企業・対消費者両面に的確に対応する理想的な行政の姿になってもらうことを期待している。
参考文献
1) (財)外食産業総合調査研究センター:外食産業統計資料集2008年版:6,2008
2) (財)日本規格協会:ISO 22000:2005 食品安全マネジメントシステムーフードチェーンの
組織に対する要求事項 第1版:2005
著者略歴
池戸 重信(いけど しげのぶ)

1948年(昭和23年)岐阜県岐阜市生まれ

本籍地;福井県福井市 現住所;仙台市太白区

 1972年(昭和47年)東北大学農学部農芸化学科(応用微生物専攻)卒業(東京都立大学経済学部中退)、同年農林省入省、以後同省農林水産技術会議事務局連絡調整課公害対策技術係長、環境庁水質保全局水質規制課課長補佐、農林水産省農蚕園芸局肥料機械課課長補佐(バイオテクノロジー室併任)、同省構造改善局資源課(農村環境保全室)課長補佐、食品流通局外食産業室課長補佐、東京農林水産消費技術センター技術指導部長、食品流通局技術室長、東京農林水産消費技術センター所長、食品流通局消費生活課長、独立行政法人農林水産消費技術センター理事長を経て、2005年(平成17年)4月から、宮城大学食産業学部フードビジネス学科教授、2007年(平成19年)4月から同大学学長補佐、香川大学農学部非常勤講師、仙台白百合女子大学非常勤講師
委員等
農林水産省東北農政局 「東北地域食料産業クラスター連絡協議会」会長
農林水産省東北農政局 「東北地域食・農マッチング検討委員会」座長
農林水産省委託事業 (社)外食産業総合調査研究センター
「外食産業原産地等表示対策事業検討委員会」座長
農林水産省委託事業 (社)食品需給研究センター「食品産業クラスター促進技術対策検討委員会」委員
農林水産省委託事業 (財)食品産業センター「食品産業HACCP等普及促進事業検討委員会」委員長
農林水産省委託事業 (社)日本食品衛生協会「HACCP研修委員会」委員
農林水産省委託事業 (株)三菱総合研究所「特定JAS規格検討・普及推進委員会」委員長
農林水産省委託事業 (社)日本食鳥協会「国産鶏肉適正表示検討会」委員長
農林水産省東北農政局 「食の安全・安心確保交付金第三者評価会」委員
著書
日本規格協会「総量規制の話」,恒星社厚生閣「食品工業技術概説」,日本食品出版「トレーサビリティって何?」, サイエンスフォーラム「安心を届ける食品のトレーサビリティ」,PHP研究所「よくわかるISO22000入門コース」,農文協「食品の安全と品質確保」,日刊工業新聞社「よくわかるISO22000の取り方・活かし方」,新日本法規出版「食品安全管理のチェックポイント」,新日本法規出版「食品業関係モデル文例・書式集」,ぎょうせい「ISO 22000 実践ガイド」、同「ISO食品安全関連法の解説」日本食糧新聞社「現場で役立つ食品工場ハンドブックキーワード365」、幸書房「明日を目指す日本農業」等
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