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食品の期限表示についての最近の動き−期限設定時の安全係数をめぐって−
静岡県立大学食品栄養科学部客員教授 米谷民雄 (「食品期限表示の設定のためのガイドライン」策定検討会座長)
1.はじめに
 「食品期限表示の設定のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)は、平成17年2月に厚生労働省と農林水産省から示された。その中では、1未満の係数(安全係数)をかけて、客観的な項目(指標)の試験結果から得られた期限よりも短い期限を設定することが基本、とされている。ガイドライン策定検討会では、この安全係数について0.8程度の値を想定していたが、実際には極端に小さい値が使用されている場合も多いようである。ガイドライン策定検討会の座長を務めさせていただいた立場上、安全係数の使われ方について憂慮していた。このような傾向を是正するために、最近、国のレベルで提言や指導がなされている。本稿では、それらの動きについて解説する。
2.ガイドラインの内容
 平成17年2月に示されたガイドラインは、たとえば厚生労働省のホームページ上で見ることができる(http://www.mhlw.go.jp/qa/syokuhin/hyouji/dl/02.pdf)。その内容は(1)食品の特性に配慮した客観的な項目(指標)を設定して試験を行い、(2)得られた期限に食品の特性に応じた「安全係数」をかけて、表示する期限を設定するというものである。また、(3)特性が類似している食品に関する試験結果等を参考にすることも可能であること、(4)消費者等から求められた時には情報提供することも、盛り込まれている。
 このガイドラインの中に、期限を極端に短く設定する目的で悪用される可能性がある文章が2個所ある。一つは安全係数の説明で、「1未満の係数」としか限定していない点である。そのため、科学的根拠ではなく商業上の理由から、極端に小さい安全係数が採用される可能性がある。もう一つは、ガイドラインの中にある次の文章である。すなわち、「なお、食品の特性として、例えば1年を越えるなど長期間にわたり品質が保持される食品については、品質が保持されなくなるまで試験(検査)を強いることは現実的でないことから、設定する期限内での品質が保持されていることを確認することにより、その範囲内であれば合理的な根拠とすることが可能であると考えられる」という一文である。この部分は、期限が非常に長い食品において、測定項目(指標)の試験を何年間も継続することは非現実的であることを考慮して、ガイドラインに含められた文章である。ガイドラインでは加速試験を採用しなかったことに対する対応でもあった。しかしながら、「例えば1年を越える“など”長期間」としたために、もっと短い期限の食品においても、設定したい期限の間だけ試験をすればよいと、誤解をまねく可能性がある。
3.国民生活審議会の提言
 平成19年は食品偽装の年であった。1月に起きた消費期限切れ牛乳を使用したシュークリームの事件が、幕開けであった。その後、多くの偽装事例が露見したが、期限表示を付け替えて期限を延長して再出荷した事例も散見された。そのため、期限表示の信頼性に疑問の声が上がってきた。また、実際に表示されている期限が、本来の期限よりも極端に短く設定されているのではないかという意見も多くでてきた。
 そのため、平成20年4月3日開催の国民生活審議会(内閣府)で示された提言「消費者・生活者を主役とした行政への転換に向けて(意見)」の中においては、食品の期限表示についての意見も表明されている。すなわち、(1)現在、品質を重視する「賞味期限」とされているもののうち、消費者の視点から見直した方が望ましい食品について、安全性を重視した「消費期限」とする方向で見直すべき、(2)事業者は「製造年月日」の併記に努めるべき、(3)「消費期限」、「賞味期限」について、安全係数も含めて科学的根拠やその設定に関する商慣行等の実態を検証し、期限表示の設定のあり方や事業者による期限の設定根拠に関する情報提供を促進するための方策を検討すべき、(4)「賞味期限」や「消費期限」の名称は、消費者の的確な選択に資するような表現振りに見直すべき、(5)「消費期限」以降に食品を販売することについては明確に禁止する一方で、「賞味期限」以降であっても消費者の健康・安全を害するおそれのない場合には、環境問題などにも配慮して直ちに廃棄する必要がある訳ではないことを明確にすべき、という意見が述べられている。
4.「食品の表示に関する共同会議」での動き
 食品の表示を担当する厚生労働省と農林水産省が共同で主催している「食品の表示に関する共同会議」においても、期限表示の実態を改善すべく検討がなされた。この会議は、食品表示に関する主要な法律である食品衛生法(厚生労働省)とJAS法(農林水産省)を所管する両省が、共通の基盤に立って、それぞれのリスク管理業務を遂行するために設けられたものであり、両省の食品表示担当委員会の合同委員会の形をとっている。なお、この共同会議では議決はされず、両省の委員会に戻って議決をするシステムになっている。ガイドラインを公表した際にも、あらかじめこの共同会議において、その内容が検討・確認されている。
 今回この共同会議において、それまで両省が示していた「加工食品に関する共通Q&A(第2集:期限表示について)」の改正内容が検討・確認された。
5.共通Q&Aの改正内容
 改正されたQ&Aは、「加工食品の表示に関する共通Q&A(第2集:消費期限又は賞味期限について)」として、平成20年11月に両省から示された(http://www.mhlw.go.jp/qa/syokuhin/kakou2/dl/0811.pdf)。元のQ&Aは平成15年9月に最初に示されており、それから5年以上が経過し、その間にガイドラインも示されたことから、消費者と事業者がより理解しやすいように改正されたものである。
 大きな変更点の一つ目は、消費期限についての部分で、これまでの「おおむね5日以内」の文字が消え、イメージ図においても、消費期限と賞味期限の境界部分が重なって示されていることである。これは国民生活審議会の意見(1)にのっとり、現在は賞味期限とされているもののうち、消費者の視点から安全性を重視した「消費期限」とする方向で見直すべき品目(たとえば牛乳か?)のことを、念頭においた改正と考えられる。
 2番目は、安全係数は、(商品の品質のばらつき等の変動が少ない場合には)、0.8以上を目安に設定することが望ましいと、条件付きではあるが明記された点である。安全係数の本来の意味付けがされており、商慣行への警鐘とも受け取れる。
 3番目は、いわゆる「1/3ルール」に基づく販売期間等の設定についてである。「1/3ルール」は製造日から賞味期限までの期間を、メーカー、小売、消費者が1/3ずつ均等に分け合うという考えに基づく商習慣であるが、当然ながら食品衛生法やJAS法には期間を分け合うという概念はなく、法令上の根拠はないと回答されている。
 その他にも、消費者や事業者に対する分かりやすい説明が加えられている。たとえば消費者に対しては、購入後の保存方法(Q8)や期限が切れた食品の取扱法(Q9)が示されている。Q9の賞味期限切れについては、「食品の品質が十分保持されていることがある」として、五感で食べられるかを判断したり調理法を工夫するなどして、無駄な廃棄を減らすよう勧めており、時代の潮流に合った回答である。
 また、消費者が理解しやすい期限表示の例(Q22)や通信販売などでの留意事項(Q23)も示されている。
 さらに、これまでの違反事例の教訓から、加工段階で期限切れになった原材料を使用してよいか(Q31)や、返品された商品を再包装する場合の期限表示についての考え方(Q32)が示されており、実際に起きた事件への考え方を教えてくれている。特に後者(Q32)への回答では、科学的・合理的根拠に基づいて期限設定をすることが再確認されている。ガイドライン設定の契機となった平成16年1月の京都府の卵の偽装表示事例(半年前に採卵した卵を採卵日と賞味期限を偽装して販売し、下痢等の被害者が30名ほど発生した事件)においては、「賞味期限設定法に科学的根拠がない」として食品衛生法違反の処分をしたのであり、科学的・合理的根拠に基づく期限設定は、期限表示の基幹をなすものである。
 以上のような変更は、当然ながら、基本的に国民生活審議会の提言にそったものとなっている。
6.おわりに
 改正Q&Aにおいては、両省の期限表示に対する考え方が示されている。期限表示の信頼性回復につながることが期待される。
 一方、食品の表示に関しては、国会に提出されている法案が成立すれば、新たに設置される消費者庁に業務が移管される予定である。消費者庁が所管する法律は取引、表示、安全に関する法律であることから、食品表示がこれまでの「食品」に重点をおいた行政から、「表示」に重点をおいた行政に変わる可能性がある。もちろん、これまでの農林水産省と厚生労働省が今後どの程度まで関与するかによって重心の位置が変わってくるが、全食品事業者に対する姿勢が一挙に俗に言う性悪説にシフトしてしまっては大変である。今後の動きが注目される。
著者略歴
 西天満小学校から北野高等学校まで大阪で学ぶ。京都大学大学院薬学研究科博士課程修了。国立公害研究所を経て、国立医薬品食品衛生研究所に勤務。食品添加物部室長・部長、食品部長として、既存添加物制度や農薬等ポジティブリスト制度の確立に、研究者サイドの中心として対応。平成20年3月定年退官、4月から同所名誉所員、静岡県立大学客員教授。現在、日本食品衛生学会副会長・理事、日本食品化学学会理事・編集委員、日本微量元素学会評議員・毒性評価委員長、日本衛生学会評議員など。
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