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動物用医薬品分析の実際
SUNATEC 第二理化学検査室 片岡 洋平
はじめに
 近年、食に対する健康・安全志向の高まりなど、食を取り巻く環境は刻々と複雑化しており、これに伴う新たな課題が発生している。例えば、家畜の肥育や養殖・養魚などで高い生産性を得るために、飼料添加物やホルモン剤などの動物用医薬品などが以前より用いられている。しかし、動物用医薬品の使用が増えるに伴ってそれらによる環境や生態系への影響、畜水産物への残留の問題が大きくクローズアップされてきた。このような状況下、商品への残留や食品衛生法違反のリスク調査、品質保証などの目的の為の科学的根拠として、確かな精度の動物用医薬品等の分析の必要性が高まっている。ここでは一斉分析を中心としたポジティブリスト制度に対応した動物用医薬品の分析方法について、弊財団の現状をふまえて述べることとする。
動物用医薬品とは?
 動物用医薬品とは、専ら動物のために使用される医薬品のことであり、主に病気の診断、治療、予防のために使用されている。これには抗生物質、合成抗菌剤、寄生虫駆除剤などの他にホルモン剤やワクチンなどが含まれる。特に抗生物質、合成抗菌剤は感染症の治療や予防などに高い効果が得られ、抗菌性を示す天然化合物やそれらが修飾された物質を抗生物質と呼び、化学的に人工合成された抗菌性物質を合成抗菌剤と呼んでいる。また、畜水産動物の成長促進のために用いられるのがホルモン剤である。一方、飼料の効率の改善や栄養成分の補給のために飼料添加物が使用されることがある。以上のような畜水産動物の飼育段階で使用される抗生物質等の化学物質をまとめて動物用医薬品等と呼んでいる。
ポジティブリスト制度による規制
 ポジティブリスト制度施行以前の食品中の動物用医薬品等については、食品衛生法第7条を根拠規定とした告示「食品、添加物等の規格基準」の中で、「食品は、抗生物質を含有してはならない」、「食肉、食鳥卵及び魚介類は、抗生物質のほか化学的合成品たる抗菌性物質を含有してはならない。」と規定されていた。しかし、抗生物質等以外の動物用医薬品には規制がなく、残留基準が設定されていないものについては、残留があっても規制ができない状態であった 。ところが、平成15年の食品衛生法の改正に伴い、平成18年5月から動物用医薬品等に対しても、農薬とともにポジティブリスト制度に移行することになり、約240品目の動物用医薬品等について新たに残留基準値が設定されることになった。ただし、残留基準値が設定されていない抗生物質・合成抗菌剤については、一律基準は適用されずにすべての食品に含有してはならないという基準が従来どおり適用されることになる。また、登録や使用が認められてはいるが分析のための標準品が手に入らない動物用医薬品等も少なからず存在し、そのような項目については分析法が未開発などで検査が出来ない状況である。
残留分析法の選択
 動物用医薬品等の残留分析法としては、大きく分けて抗生物質の抗菌作用を利用したバイオアッセイ法と分析機器により目的とする物質を検出する理化学的分析法がある。
 平成17年1月24日付け食安発第0124001号厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知別添の「食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質の試験法について」には、動物用医薬品等の残留分析法の通知試験法として一斉試験法と個別試験法が示されている。個別試験法にはバイオアッセイ法と分析機器を用いた理化学的分析法が併記されているものもあるが、現在の主流はやはり機器分析を主とする理化学的分析法である。さらに、使用される動物用医薬品等が増えるに連れて、その残留を従来のように個別試験法によりすべて分析することは困難になってきている。そこで理化学的分析法の中でも一斉分析法が、多成分の分析結果を同時に短時間で得られることもあり、告示試験法を用いなければならない項目を除いては、農薬の残留分析と同様にスクリーニング調査などの迅速・簡便な主検査法として取り扱われるようになりつつある。このようなことから、弊財団では、試料から分析のための試験サンプルを作成するのに手間はかかるが、一度に何種類もの物質を正確に定量でき、分析時間も短くて済む理化学的分析法を主に用いている。
一斉分析について
 動物用医薬品等に対する通知一斉分析法は、主に測定する検液の精製度や方法の違いにより3つに分かれている。このうちよく用いられているのが、「HPLCによる動物用医薬品等の一斉試験法I(畜水産物)」であり、当財団でもこの方法に基づく試験法を採用している。これには、通知試験法と比較して、真度、精度及び定量限界において、同等またはそれ以上の性能を有する場合には変更可能とされているため、種々のミニカラムを用いた追加精製を行ったり、他の一斉分析法や操作を組み合わせたりしてその後の測定をできるだけ容易にしている。ここで動物用医薬品等の一斉分析を行う際に気をつけなければならないことは、物性として安定性の悪い成分も含んで分析をしなければならず、農薬に比べて光や温度による分解を受けやすい成分も多数あるということである。そのため時間の経過と共にその感度が低下する項目については、出来るだけ低温・遮光条件で短時間に前処理から測定までを行う必要がある。
 また、ポジティブリスト制度導入により設定された動物用医薬品等の残留基準値の中には、農薬の残留基準値に比べてかなり低いものも多数あり、これは残留農薬分析との違いの一つである。この時に使用されるのが、液体クロマトグラフ/タンデム質量分析装置(LC/MS/MS)であり、当財団でもこれを用いて動物用医薬品等の一斉分析を行っている。ただし、LC/MS/MSによる分析は選択性が高く数個のフラグメントイオンについて確認すればよいなど定性面については優れているが,定量面においては問題が出る場合もある。HPLCにおけるカラム部分での各成分の分離の問題や多成分の分析では一つのイオンのモニター時間が非常に短くなるため再現性の問題、また、測定対象以外の成分が非常に少ない場合はよいが、それが多い場合には試料マトリックスと相互作用を起こしイオン化が抑制されたり促進されたりするため,MS/MSに導入されるイオンの数が変化し正確な定量が困難になる場合があることは常に気に留めておく必要がある。このような影響を判断するために、測定の際には測定する検液に標準溶液を添加したものを用いてイオン化抑制や促進の程度をその都度確認している。さらに、添加回収試験もその検体ごとに行い測定結果の妥当性の評価を行っている。
分析結果の評価について
 検出が疑われる場合には確認試験を行う事になるが既に述べたような注意点に留意しつつ、MS/MS測定でのフラグメントイオンや測定モード(ポジティブ、ネガティブ)を変更して測定した結果や、HPLCの移動相やカラムを変更した測定結果について評価し確認作業を行うことになる。そして、複数条件での結果の一致で検出か否かの判断と検出値の算出を行っている。なお、個別試験法が通知されている場合にはそれを用いて再試験を行い、評価する場合もある。
 また、分析結果の評価には各種情報も重要である。
 実際に使用実態を調査した使用履歴などは、分析結果を判断する際にも非常に貴重な情報となる。検出した薬剤が使用履歴にない場合などは、特に自試験室内でのコンタミネーションによる検出の可能性の有無について、各記録類の再確認などを行わなければならない。試料調製によるクロスコンタミネーションの疑いなどが有る場合などは、縮分時に残った試料の再調製から行い再試験を行うなどの処置も必要である。
 各食品の基準値も重要な情報源となり得る。例えば動物用医薬品等で注意しなければならないのが、人にも存在する天然ホルモンについても基準値が定められているものもあることである。こういった物質については投与による残留と区別できないため、基準値が設けられている食品のみを検査することが賢明である。
 また、産地(輸入国)や各国での動物用医薬品の使用状況などが大きく異なることもあり、こういった情報が評価基準となる場合もある。日本では禁止されているような薬剤が諸外国では使用されていることがあるからである。さらには、過去の違反事例のような情報も重要である。例えば、動物用医薬品等では、うなぎをはじめとする水産物やはちみつ類で検出事例が多く発生しており、特に不検出項目での違反が多く見受けられる。このような検出事例も結果の評価の参考としている。また、場合によって、コンタミネーションの可能性などの周辺情報を依頼者に調査いただくような場面が必要な場合も有る。
 このように分析結果のみならず種々の情報を総合的に鑑みながら検出や違反かどうかの判断を慎重に行っている。

以上のように、簡単に弊財団の動物用医薬品の検査の実際について申し上げてきたが、検査依頼などの際の参考にしていただければ幸いである。
参考文献
・厚生労働省ホームページ ポジティブリスト制度について Q&A
 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu2/060329-1.html
・厚生労働省ホームページ 食品に残留する農薬、飼料添加物又は
 動物用医薬品の成分である物質の試験法
 http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu3/siken.html
・財団法人 日本食品化学研究振興財団ホームページ 残留農薬基準
 http://m5.ws001.squarestart.ne.jp/zaidan/search.html
・国立医薬品食品ホームページ 輸出国における農薬等の使用状況等に関する調査
 http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/chemical/pest_imp-fd/index.html
・畜水産食品の薬物残留とその分析法    (財)畜産生物科学安全研究所 編 近代出版
・食品に残留する動物用医薬品の新知識   中澤裕之 堀江正一 食品化学新聞社
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