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残留農薬の検査結果に求められること
第二理化学検査室 菊川浩史
はじめに
 前述の「コラム」で奈良県保健環境研究センターの宇野先生も検査現場の悩みとして書いて頂いているが、食の安心・安全をゆるがす事件・事故が次々と起こり、安全の保証をつかさどる検査現場は正しい検査結果を得るために、官民問わず、まさに艱難辛苦といったところである。またそれは食品製造の品質管理に関わる全ての人についても現在、同様な状況であろう。
 そこでここでは、残留農薬のようなppb〜ppmレベルの残留有害物質の分析結果に求められる信頼性等について述べることとする。
試験室の信頼性
 分析結果(数値)は実物が有るわけではないため、その正しさの調査はまず試験室の能力を評価することが必要とされる。1962年にFAOとWHOにより設立された国際食品規格の委員会、いわゆるCodex委員会では、国際的に通用する試験室条件として「食品の輸出入管理に係る試験所の能力評価に関するガイドライン」CAC/GL27:1997の中で以下のような条件を求めている。
→ 1 妥当性が確認された分析方法を用いていること
→分析法バリデーション、ベリフィケーション
→ 2 内部精度管理を行っていること
→管理試料、添加回収試験
→ 3 適切な技能試験に参加していること
→外部精度管理 FAPASなど
→ 4 ISO/17025の要求事項を満たしていること

→組織、管理された機器・器具・試薬、記録

 これらの条件が満たせて、第一関門がクリアーされたといえる。
 精度管理や技能試験に関しては今や検査を行う上で常識となっているため、説明は割愛する。分析法の「妥当性確認」と17025要求事項の「不確かさ」から自らの検査結果がどのような精確さを持つのかを知っている必要が有る。
分析法の妥当性確認
 正しい分析結果を得るには、言うまでもなく正しい分析法が必要である。食品衛生法の適否を判断していく上では、通知試験法と同等な妥当性がある分析法が必要となる。
 残留農薬分野における、「分析法が該当する目的に対し、妥当な結果が得られるかを評価すること」いわゆるバリデーション(Validation)については厚生労働省から平成19年11月15日食安発第1115001号「食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン」として通知された。通知試験法は不検出基準(これらは告示法によってのみ評価される)以外の規格基準との適否を決める試験法である。以前から通知試験法と同等以上の分析法であれば通知試験法に変えて自室開発の分析法を用いて良いこととなっていたが、この通知により、それまで各試験室の価値観にゆだねられていた「同等以上」の評価方法が明確になった。各パラメータのうち、分析結果の「精確さ」を示す、真度及び精度の目標値を表-1に抜粋した。真度は、濃度範囲に寄らず、試行回数5回以上で回収率が70〜120%とされており、精度は濃度範囲に応じたRSD%で示されている。これらパラメータは、分析結果の「不確かさ」に大きくかかわることになる。その関係は「分析結果の不確かさ」として後述することとする。他のパラメータについては同ガイドラインを確認いただきたい。
表-1 妥当性評価ガイドライン中の真度および精度
濃度 試行回数 真度(回収率) 併行精度 室内精度
(ppm) (回) (%) (RSD%) (RSD%)
≦0.001 5 70 〜 120 30 > 35 >
0.001< 〜 ≦0.01 5 70 〜 120 25 > 30 >
0.01 < 〜 ≦0.1 5 70 〜 120 15 > 20 >
0.1 < 5 70 〜 120 10 > 15 >
分析結果の不確かさ
 当検査室も本年の4月に財団法人 日本適合性認定協会(JAB)から農薬一斉分析でISO/IEC17025の認定をいただいた。このISO/IEC17025技術的要求事項の中に「測定の不確かさの推定」という項がある。この不確かさの推定などを行うことにより、自分達の分析結果が数値としてどの程度絶対的な物として取り扱うことが出来るのかが明確になる。
 多くの試験室がそうであると推測するが、自試験室で構築した分析方法の妥当性確認(Validation)もしくは公定法などが正しく再現できること(Verification)の確認は先に紹介した「妥当性確認ガイドライン」を機軸にすると考えられる。(当試験室のISO/IEC17025取得においてのVerificationもこの妥当性評価ガイドラインへの適合とした。)そこでここでは精度が妥当性評価ガイドラインに沿っている分析法によって得られた分析結果にどの程度の「不確かさ」があるのかを考えることとする。
 例えば、0.050ppmという分析結果があったとして、この分析結果に対して、どのくらいの数値範囲を持つ可能性があるのかを考えてみる。妥当性評価ガイドラインに沿った妥当性確認が行われていた場合、0.050ppmという分析結果数値を範囲とする分析法としては、室内精度RSD%値で20%程度のばらつきをもつこととなる(表-1参照)。(厚生労働省の妥当性評価ガイドラインでは、各濃度範囲で一定のRSD%値が採用されているが、本来ならRSD%値は各濃度において連続的に変化するものである。このような分析値のばらつきに付いてはHorwitz の式が有名である。これは100以上の共同検査結果から求められたものであり、分析値のばらつきはその濃度に由来するというものである。(図-1参照)厚生労働省の妥当性評価ガイドラインの精度もほぼ同様な数値である。近年はこのHorwitzの式をThompsonによって一部修正したものがをはじめ、多く用いられている。このHorwitz修正式では0.12ppm未満の濃度の室間再現性%値は22%で一定となるというものである。)信頼水準を95%と置くためにはこの室内精度RSD%に2を乗じる必要がある。(ISO/IEC17025でも同様に包括係数として2を乗じる。)つまり、妥当性評価ガイドラインに適合した分析結果でも最大20×2=40%程度のバラツキを生じると言うことになる。
図-1 Hortwizのトランペット
図-1 Hortwizのトランペット
 要するに0.050ppmの結果に対して、95%の確率で0.030〜0.070ppmの値の中に入ると言うことである。この場合、規格基準値が0.05ppmの場合、非常に厄介な数字となる。模式図を図-2に示した。基準値が0.05ppmであるのでこの基準値に対して不適合となる場合は分析値が0.055ppm(基準値+1桁を四捨五入した場合に基準値を超える場合)を示した場合になる。よって、0.050ppmの分析値そのものは基準値違反とならないが不確かさを考慮すると違反の可能性も出てくる。(0.050ppmの分析値に対して、0.055ppmを超える確率は約31%)図-2のパターン(1)もしくは(5)のように「違反」・「違反でない」ことが明確な場合は結果採用に迷いはないが、パターン(2)〜(4)のような不確かさで基準値をまたぐ場合は、再試験を行い、再現性を確認し、どのパターンの結果であるか確定していく必要がある。
 なお、検査依頼する立場におかれても検査成績書に記載された結果数字には上記のように「不確かさ」が有ることを理解いただかなくてはいけない。
図-2 基準値 0.05ppmの場合の分析値の判断
図-2 基準値 0.05ppmの場合の分析値の判断
おわりに
 毎日のように有害物質の混入・残留が報道され、製品の回収を判断する検査結果の信頼性の重要度は日々高まるとともに迅速さも同時に求められる。検査現場は1つの検査結果が持つさまざまな影響に手が震えながら結果を採用することになる。
 このような社会的状況の中で、検査結果を提出していくには、まず自分たちの検査がどのような信頼性を持っているのかを正しく把握しておく必要がある。検査結果に絶対はない。必ず「不確かさ」が存在することを正しく理解し、得られた検査結果について説明できることが必要とされるであろう。
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