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近年のノロウイルス集団発生と遺伝子型
国立感染症研究所 西尾 治
ノロウイルスの概要
 ノロウイルスは小さく直径30〜40nm前後で球形を呈し、表面はカップ状の蛋白構造物で覆われ、その内部に長さ約7.7Kbのプラス1本鎖RNA分子ゲノムを持つ。3つの翻訳領域を有し(Open Reading Flame、ORF)、1はウイルス複製に必要な非構造蛋白質を、ORF2はウイルス構造蛋白であるカプシドを、ORF3は機能不明の構造蛋白質をコードしている。エンベロープはない。遺伝子型が多く、genotype(G)TとUに大きく分けられ、G1は15、GUは18が知られている。この遺伝子型の多いことが簡便で精度の高い検査法と、ワクチンの開発を困難にしている。
臨床症状
 例年小児科領域では180万人、昨年は大流行が見られ360万人がノロウイルスによる感染性胃腸炎になっていると推定されている。
  経口感染で、潜伏期間は通常12〜72時間、主症状は嘔気、嘔吐、下痢、腹痛である。感染部位は小腸の粘膜上皮細胞で、腸管の炎症に伴う下痢症状を呈し、激しい水様性の便が数回続くこともある。胃の病変は認められないが、内容物を腸に送る運動神経の機能低下・麻痺に伴う嘔気、嘔吐の症状が見られる。嘔吐は突然、急激に強く起こり、腸内容物が逆流し、ウイルスが吐物中に入り込む。これらの症状が1〜2日続いた後、治癒し後遺症も残さない。不顕性感染は30%程度と考えられている。しかし高齢者、乳幼児等の抵抗力の弱いヒトでは脱水症状を起こすことがあり、嘔吐時に嘔吐物が気管の栓塞、誤嚥性肺炎を起こすことがあるので注意を要する。効果のある薬剤は無く、脱水症状が強い時には補液などの対症療法が必要となる。ワクチンは開発されていない。
 なお、急性期の患者の糞便には1g当たり1億個、吐物には1g当たり100万個のウイルスが存在する。
ノロウイルスの特徴
 ノロウイルスは感染力が強く、ウイルス粒子10個〜100個で感染・発病する。ノロウイルスは乾燥・液中で長期間安定であり、食品を汚染すると食中毒となる。ノロウイルスに類似のネコカリシウイルスから推測すると物理化学的抵抗性は強く、70%アルコール、塩素イオン3〜6ppm、酸(pH3以上)、アルカリ(pH10以下)溶液では短時間で不活化されない。熱にも強く、不活化には85℃ 1分間の加熱が必要と考えられている。
ノロウイルスの流行と流行株

 2002年にヨーロッパではノロウイルス遺伝子型GU/4の従来の株が変異し(遺伝子の塩基配列が異なる)、GU/4.2002型が(ポリメラーゼ領域)出現した。従来のノロウイルス感染症は冬期に主として集団発生、流行が発生していたが、GU/4.2002年型はヨーロッパでは流行が認められた。しかし同時期に日本でもGU/4.2002年年型が認められたが、流行を起こさなかった。
 ところが、2004年にGU/4.2002年型が変異し、GU/4.2004年型が出現し、ヨーロッパの各国ではノロウイルスの集団発生が50%〜100%増加した。
 わが国では2004年の年末に広島県福山市内の特養老人ホームで(資料1)、ノロウイルスによる急性胃腸炎に伴う死亡例が発生したことから、全国的に大きな問題となった。厚生労働省が全国の高齢者施設における感染性胃腸炎集団発生事例の報告を求めたところ(2004年11月以降から2005年1月12日の間)、全国の236施設において感染者数は7,821名で、そのうちノロウイルス感染者(疑いを含む)は5,371名で、死亡者数12名(疑いを含む)であった。この年は高齢者福祉施設で大流行が見られた。この原因ノロウイルスはヨーロッパと同一のGU/4.2004年型であった。
 当時は連日、ノロウイルス感染症がマスコミで取り上げられ、ノロウイルスは新しいウイルスであり、殺人ウイルスであるが如き誤った報道がなされた。ノロウイルスは40年前に発見されており、ノロウイルスによる直接的な死亡は極めてまれで、死亡は強い脱水症状、嘔吐時の窒息あるいは誤嚥性肺炎を起こすことによる。
 日本では2005年の冬から2006年の初にはGU/4.2004型による流行が引き続き見られた。
 2006年にはヨーロッパでGU/4.2004型がさらに変異し、GU/4.2006年a.b型の2つが新たに出現した(図1,2,表1)。この変異株に起因する感染性胃腸炎の大流行がヨーロッパのほぼ全域で見られ(表2)、2007年も引き続いて流行した。アメリカでも、2006年10〜12月には24の州で1,316事例の急性胃腸炎の集団発生が見られた。うち382事例はノロウイルスであった。22州において、2005年の同時期と比べて集団発生数が18〜800%増加し、増加の著しい州はミシガン州(800%の増加)、次いでニューヨーク州(490%の増加)、およびカリフォルニア州(445%の増加)の順であった。
 日本でも、欧米と同様にGU/4.2006年a.b型によって、2006年11月からノロウイルスの集団発生が老人ホーム、福祉・養護施設、病院、高校・大学において集団発生が多発した(図3)。2007年〜008年はGU/4.2006年b型によって引き続き流行を起こした。
  近年のノロウイルス集団発生はGU/4型によってその殆どが起きている。2004年・5年はGU/4.2004型、2006年以降はGU/4.2006年b型によって起きている。なお、ヨーロッパでは2006年a型が多く見られている。
 日本でもノロウイルスによる人―人感染の集団発生の大流行と同時に食中毒事件も多発し、2006年には499件(図4)、患者数は27,696名で、患者数は食中毒患者数の全体の71%を占めた(図5)。2007年は、348件で患者数は18,750名で、全体の56%を占め、起因ノロウイルスの遺伝子型はGU/4.2006年b型が多く、感染症による集団発生を起こした遺伝子型もGU/4.2006年b型であった。今や食中毒患者の大部分を占めているのはノロウイルスであり、その防止が急務である。
 2004年以降、日本のみならず世界的にノロウイルスが大流行し、集団発生が多発している。その流行株は遺伝子型GU/4である。GU/4は2002年以降ポリメラーゼ領域で、2年毎に変異が起こし(2002年型、2004年、2006年a,b変異株)、起きた年にヨーロッパと同一のGU/4の変異株により日本でも大流行を起こしている。この領域(ポリメラーゼ領域)は増殖に関与する遺伝子で、増殖が旺盛になっているとも推測される。このGU/4型は病原性が強く、冬期のみならず他の時期にも集団発生を起こしている。
 最近、ウシ、ブタの糞便あるいは市販食肉からGU/4株を検出し、ブタ/ヒトまたはウシ/ヒトのノロウイルス間で遺伝子組替えが起こり、親和性や病原性が変化したノロウイルス株が出現する可能性を報告しており、さらに病原性の強い株の出現も予測される。

資料1.徳山特養老人ホームのノロウイルス死亡の新聞報道
図1,2,表1
表2.ヨーロッパにおけるノロウイルス感染症の年別発生状況
図3.発生施設別のノロウイルス集団発生報告数の推移(2000/01から2006/07)
図4.病因物質別事件数の年次推移
図5.年別の食中毒病因物質別患者数
まとめ
 2年毎にノロウイルス遺伝子型GU/4が変異しており、今冬に新たなる変異株の出現も予測されるが今のところその兆しは見られていない。しかし今年は年間を通してノロウイルスの集団発生が起きており、今後もノロウイルスによる集団発生、食中毒事件の多発が予測され、その予防には可能な限り加熱した食品を摂り、手洗いとノロウイルス感染者の嘔吐物・糞便の感染源をウイルス学的に安全に消毒することである。
プロフィール
西尾 治

国立感染症研究所感染症情報センター客員研究員(前室長)
愛知医科大学客員教授

昭和45年3月 鳥取大学農学研究科獣医学専攻修士課程終了
昭和45年4月 愛知県衛生研究所微生物部
平成2年 4月 愛知県衛生研究所ウイルス部科長
平成6年4月 国立公衆衛生院衛生微生物学部ウイルス室長
平成14年4月 国立感染症研究所感染症情報センター室長
平成18年4月 国立感染症研究所客員研究員
平成19年4月 愛知医科大学客員教授
平成7年10月から18年3月 東京大学医学部非常勤講師
平成14年4月から18年3月 独立行政法人国立環境研究所客員研究員併任
平成14年4月から18年3月 国立保健医療科学院研修企画部併任
平成14年1月 厚生労働省 薬事・食品衛生審議会臨時委員
平成15年9月 内閣府食品安全委員会ウイルス専門調査会専門委員
平成18年5月 文部科学省学校給食衛生管理推進指導委員
平成18年4月 厚生労働省厚生労働科学研究および内閣府食品安全委員会
食品健康影響評価技術研究の研究班長
著書
西尾 治:牛島廣治編ウイルス性下痢症とその関連疾患、“アデノウイルス” P57-67、新興医学出版社、1995
西尾 治:櫻林郁之助、熊坂一成監修、臨床検査項辞典、“SRSV抗原検出・同定”、P11074、医歯薬出版KK、東京、2003年7月13日
西尾 治:小型球形ウイルス(ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルス)、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、450-474、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治:アデノウイルス、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、500-512、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治:丸山務編、改定ノロウイルス現場対策、幸書房、2008年7月20日
西尾 治、古田太郎:現代社会の脅威!ノロウイルス、幸書房、2008年2月15日
西尾治, 古屋由美子, 大瀬戸光明. ウイルス性食中毒の予防―ノロウイルス,A型肝炎ウイルス―. 食品衛生研究2005;55(4):19-24.
西尾治, 山下育孝, 宇宿秀三. ノロウイルスによる食中毒,感染症. 食品衛生研究2005;55(10):7-16
西尾治. ノロウイルスの食中毒対策. 臨床と微生物 2006. 33:233-237.
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