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HACCPシステムの導入現場における課題
社団法人 日本食品衛生協会 小久保彌太郎
 HACCPシステムは食品安全管理の世界標準であり、わが国でも法的に「総合衛生管理製造過程承認制度」として位置付けられるなど、本システムによる自主衛生管理の積極的導入を推進することにより食品の安全性向上と食品企業の活性化が図られている。一方、食品の安全管理の要求事項を示したISO22000による民間認証が注目され、その対応にHACCPシステムが欠かせないことから、その導入が大きな課題になっている。
 しかし、HACCPシステムの導入現場では、以下に示すような本システムについて誤解や理解不足があり、また誤った認識が持たれている。
1.HACCPシステムは難しく煩雑で費用がかかるという思いこみ
 HACCPシステムが難しいといわれている理由は、カタカナ用語や耳慣れない用語、同じ意味でも異なる用語が使用されていることにあると思われる。これらの用語は、原則として法令あるいは安全委員会が示している用語があれば、それらに従うべきである。
 HACCPシステムには7原則が必ず含まれていなければならないことから煩雑であると思われているが、7原則はいずれも食品の衛生管理上必須であり、従来の食品衛生管理手法を理論的にシステム化したにすぎないと理解される。
 また、HACCPシステムの導入に費用がかかるという点については、本システムは食品の安全管理の考え方を示したものであり、その導入を一層容易にするための最低限の施設・設備などの衛生的作業環境を確保するために要する費用は、安全な食品を消費者に提供するための当然の責務と考えるべきである。
 このように、HACCPシステムに対して誤解や思いこみがみられるが、企業のトップは、その導入により食品の安全性が向上するだけでなく、製造加工時のむだが無くなり、企業としてもメリットが大きいという意識改革が必要である。
2.HACCPシステムの目的と役割についての理解不足
 HACCPシステムの主目的は、食品中に存在する可能性のあるハザード(危害要因)を健康を損なわないレベルに低減/排除することである。その前提として、ハザードができるだけ存在しない原材料の使用、および食品へのハザードの汚染防止や食品中のハザードの増加防止を確実に行うための清潔で衛生的な食品取扱環境を確保することが必要である。このためのプログラムをわが国では「一般的衛生管理プログラム」と称し、都道府県で条例化している施設基準ならびに管理運営基準が基礎になる。
 HACCPシステムの適用は、Codex委員会の「HACCPシステムおよびその適用のためのガイドライン」に基づくというのが国際基準であるが、このガイドラインは「食品衛生の一般的原則」(表1)の付属文書として位置付けられている。本体文書の「食品衛生の一般的原則」により、先ずは安全な原材料の確保と清潔で衛生的な食品取扱環境を確保することがHACCPシステム適用の前提条件(Prerequisite programs)であり、付属文書のガイドラインにより作成されたHACCPプランにより食品中に存在する可能性のあるハザードを低減/排除するという考え方である。例えば、食品の製造加工に使用する設備や器具の洗浄・殺菌は安全な食品を生産する基礎となる極めて重要な管理要件であるが一般的衛生管理プログラムで管理し、加熱処理は食品中に存在する可能性のある食中毒菌を直接的に死滅させる手段であるためHACCPプランで管理するということである。
表1.「食品衛生の一般的原則の規範」の概要
1. 目的
2. 範囲、使用および目的
3. 一次生産(原材料の生産)
原材料の衛生的生産(HACCPシステムの適用)、取扱い、貯蔵および輸送
4. 施設:設計および設備
立地、施設内部のデザインおよび配置、装置、器具、設備
5. 食品の取扱い
食品の危害要因の管理(HACCPシステムの適用)、搬入原材料の要件、包装のデザインおよび材質、水、文書化および記録、回収手順
6. 施設:保守管理および衛生管理
保守管理および清浄化、そ族・昆虫管理システム、廃棄物の取扱い
7. 食品従事者の衛生
健康状態、病気および傷害、手洗い、ヒトの品行、訪問者
8. 搬送
装置、容器の必要条件、使用および保守管理
9. 製品の情報および消費者の意識
ロットの識別、製品の情報、表示、消費者教育
10. 食品従事者の教育・訓練
食品衛生意識および責任感、教育・訓練プログラム、教育・訓練の見直し
 厚生労働省では、Codex委員会の「食品衛生の一般的原則」の内容等を参考に「食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)」を作成し、各地方自治体では、この指針に沿って施設の管理運営基準について条例の作成や指導を行っている。
 また、ISO22000では食品の安全管理システムの審査の際の要求事項として、前提条件プログラム(PRPの略称)とHACCPプランとの組合せによる管理を規定している。
3.危害分析と検証に対する理解不足
 HACCPシステムの導入とは、施設自身がCodex委員会のガイドラインに示された12手順(表2)に従って危害分析を行って作成したHACCPプランにより、食品に起因する健康危害の発生を未然に防止し、その状況を定期的に検証することにより施設の衛生管理レベルを向上させて、安全な食品の製造加工を可能にすることである。
表2.HACCPプラン作成のための7原則12手順
手順 1: HACCP専門家チ−ムの編成
手順 2: 対象食品(含原材料)の明確化
手順 3: 意図する用途と対象消費者の確認
手順 4: フロ−ダイヤグラム(製造加工工程一覧図)の作成
手順 5: フロ−ダイヤグラムの現場確認
手順 6: [原則1]危害分析:危害要因の評価とその管理手段の明確化
手順 7: [原則2]フロ−ダイヤグラムに沿って重要管理点(CCP)を決定
手順 8: [原則3]CCPにおいて危害要因を制御するための管理基準(CL)を設定
手順 9: [原則4]CCPにおける管理基準のモニタリング方法を設定
手順 10: [原則5]管理基準から逸脱した時の改善措置(修正/是正措置)を設定
手順 11: [原則6]システムの有効性を確認するための検証手順を設定
手順 12: [原則7]システム実施に係わるすべての記録の文書化と保持規定を設定
 これらの過程を通じての重要なポイントは現場の実態を踏まえた危害分析および検証であることを強く認識すべきである。危害分析の目的は、食品から許容レベルまで低減/排除が不可欠なハザードを明らかにし、そのハザードを管理するためのCCPを決定し、CCPにおけるHACCPプランの内容を明確にすることである。危害分析により、一般的衛生管理プログラムで管理すべき食品に汚染/混入/増加するハザードも明らかになる。
 また、HACCPシステムの導入とはHACCPプランを作成することが最終的ゴールではなく、HACCPプランならびに一般的衛生管理プログラムによる衛生管理が適正に実施されているか、安全管理は有効かを定期的に検証して見直しを継続的に繰り返すことにより、一層安全な食品の製造加工を保証して初めて目的が達成される。
4.食品微生物の知識を持ち、それを現場で活用できる人材の不足
 HACCPシステムは食品衛生上のあらゆるハザードの制御に対応でき、特に食品を汚染する食中毒菌などの有害微生物の制御に有効であるといわれている。日常の衛生管理の大半が微生物管理であるという現実から、システム構築のカギとなる危害分析およびHACCPプランの作成に当たっては食品衛生上問題となるすべての微生物について、それらの特性、疫学、様々な食品の取扱い条件下における挙動などに関する科学的に裏付けられた情報やデ−タが必要である。また、システムが効果的に実施されているかどうかの確認(検証)に当たっては微生物検査が必要になる。
 このように、HACCPシステムでは、現場で駆使できる食品微生物に関する制御技術や検査技術などを含む幅広い知識や経験を有する人材の確保が欠かせない。総合衛生管理製造過程承認制度の承認基準でも、従事者の衛生教育において「食品衛生に係わる微生物等の基礎知識を含んだHACCPシステムに係わる教育訓練等について体系的に定めていること」と記述されている。
5.HACCPシステム導入は当然の責務であり、認証が目的ではないとの認識が必要
 HACCPシステムが適確にマネジメントされているかを審査し認証するものとして、国の総合衛生管理製造過程承認制度、自治体認証、民間機関によるISO22000認証などがある。特に最近では、国際的認証基準であるISO22000の発行により、各食品企業ではHACCP認証について高い関心が持たれている。
 HACCP認証を取得しようとする企業は、認証を取得するのが目的ではなく、HACCPシステムにより安全な食品が保証できることの結果として、認証があるという認識が必要である。HACCP認証は、自社のHACCPシステムが的確かつ有効に機能しているか否かを第三者の目でチェックすることに意味があり、特に食品の安全性に関しては、認証に当たる審査員、なかでも民間の審査員の力量に関しては、ヒトの健康を守るという観点からの厳しさが強く求められる。審査に当たっては、単にHACCPシステムという言葉や概念にとらわれることなく、このシステムの本来の目的をよく理解した上で、審査対象になる施設に適合した衛生管理を行っているか否かを的確に検証できる能力が必要である。
 以上、HACCPシステムは、従来の衛生管理方式に比較して極めて合理的であり、国際的ハ−モナイゼイションという観点からも、その導入を積極的に進めていく必要がある。特に、わが国では食品の60%以上が輸入に依存している現実から、本システムの導入はすべての食品企業の責務と位置付け、このことを諸外国に示していく必要がある。
 HACCPシステムは健康を損なう恐れのあるハザード(特に有害微生物)を食品から排除/低減することが主目的であること、その前提条件として可能な限りこのようなハザードの存在しない原材料および食品取扱環境の確保を目的とする一般的衛生管理プログラムの実施が重要であることを強く認識し、各食品施設に対して改めて危害分析および検証の見直しを望みたい。
参考文献
1) Codex Alimentarius Commission:Codex Committee on Food Hygiene; Code of Practice,general principles of food hygiene, CAC/RCP 1-1969, Rev.4. (2003)
2) Codex Alimentarius Commission:Codex Committee on Food Hygiene; Code of Practice,Hazard analysis and critical control point (HACCP) system and guidelinefor its application,Annex to CAC/RCP 1-1969, Rev.4. (2003)
3) ISO22000:2005:Food safety management system−Requirement for any organization in the food chain (2005)
4) 小久保彌太郎編集:HACCPシステム実施のための資料集(平成19年改訂版)、日本食 品衛生協会(2007)
著者略歴
昭和38年3月 日本大学農獣医学部獣医学科卒業
昭和39年8月 東京都立衛生研究所食品部勤務
昭和50年4月 同 上 生活科学部乳肉衛生研究科主任研究員
平成 5年 7月 同 上 生活科学部乳肉衛生研究科科長
平成10年7月 同 上 微生物部長
平成12年7月 東京都勧奨退職
平成12年9月 社団法人日本食品衛生協会 技術参与 現在に至る
茨城大学 非常勤講師
専門・研究分野
獣医学博士
主として動物性食品を対象とした衛生指標菌、低温細菌、嫌気性菌等の衛生細菌検査および微生物制御技術(特にHACCPシステム)
主な著書等
現場で役立つ食品微生物Q&A(中央法規)、食品衛生検査指針(日本食品衛生協会)、HACCP:衛生管理計画の作成と実践(中央法規)、食中毒予防必携(日本食品衛生協会)、食品の低温流通ハンドブック(サイエンスフォ−ラム) 他多数
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