財団法人 食品分析開発センター SUNATEC
HOME >海外における食品の安全、安心の取組み--中国食品安全事情--
海外における食品の安全、安心の取組み--中国食品安全事情--
近畿大学農学部 教授  米虫節夫
はじめに
 2008年1月、中国製冷凍餃子による有症事件が起こり、中国製製品の特に食品類に対する批判が高まっている。しかし、多くのマスコミが言うように本当に中国製品は良くないのだろうか。中国の食品製造企業の品質管理は,どのようになっているのだろうか。
 結論から言って、一部に悪い部分もあるが、日本に輸出されている食品などの品質は、概してそれほど「悪くない」と筆者は考えている。以下、中国製食品の抱える状況について解説したい。
事実を確認しよう
 厚生労働省は毎年輸入食品の検疫結果などの統計を発表している(輸入食品監視業務ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/tp0130-1.html)。その一環として「平成18年輸入食品監視統計」(http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/dl/tp0130-1h.pdf)を2007年7月に発表し、ホームページ上にも掲載されている。それによると、2006年の輸入食品届出件数は1,859,281件、輸入重量では34,095,810トン。うち、検査は11%ほどの198,935件について行われ、1530件の違反が見つかった。届出件数の約0.0823%に相当する。
 この統計で問題になった国別の違反件数では、(1位)中国530件、(2位)米国239件、(3位)ベトナム147件、(4位)タイ120件、(5位)エクアドル69件、がワースト5とされている。マスコミの論調と同様にここで「やっぱり、中国の違反が一番多いのか!中国製品は危険だ!注意が必要だ!」と考えるのは早計である。
 早計は禁物。統計数値をじっくり見ると、それほど単純ではない。当然のことではあるが、届出件数でも中国が578,524件とダントツに多く、2位が米国で196,858件、中国の届け出件数は米国の2.9倍に達している。
 では、違反率で見るとどうなるだろうか。中国は530/578,524= 0.092% であるのに対して、米国は239/196,858= 0.121% となり、何と、違反率では中国よりも米国の方が高い数値である。「違反率で見ると、米国からの輸入食品の安全性は、中国からの輸入食品よりも悪い!」という結果となる。すなわち、違反件数では中国は米国の2.2倍であるが、明らかに中国の違反率は米国よりも0.03%低いのである。(表1)
 話は簡単である。確率論でいえば平均的には輸入件数が増えればそれだけ違反も増えるだけである。だから、「中国産の食品は危ない」と言っても、「危ない」確率は米国より低い。しかし、中国産の方が絶対数が多いから、「危ない」食品が入り込む件数が高いだけである。
 かつて「統計でウソをつく方法」という本がベストセラーになったが、「中国産=危険」という考えは,統計的方法をうまく利用したキャンペーンの一つかも知れない。
(表1)
輸入食品の違反率
食品自給率と輸入食品
 農林水産省が発表している「平成18年度食料需給表」(http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/index.html)では、エネルギーベースでの食糧自給率は39%という。ということは日本は残りの61%の食料を、輸入に頼っていることになる。届け出件数と、エネルギーベースの重量などとは異なるが、単純に考え全届け出件数中の中国の件数を計算すると、578,524/1,859,281=0.31115となる。輸入に頼っている61%の内の約31%が中国製品という計算になる。
 総務省統計局の発表(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2006np/index.htm)では、平成18年10月1日現在の日本の人口は、1億2777万人とされている。
 ここで考えていただきたい。一部に「中国製品は危険だ! China Free!」という人達がいる。しかし、もしも中国からの食料が入らなくなれば、どうなるか。上記の計算でいえば127,770,000×0.61×0.31= 24,161,307 、すなわち、"China Free!"ということは、約2400万人の日本国民に「死ね!」と宣告しているのも同様である。話は明白である。現在の日本において、"China Free!" は現実的には考えられない。事実をよく見て、ことを認識すべきである。
中国政府の食の安全に対する努力
 筆者が主宰する研究会の一つである食品安全ネットワークでは、毎年食の安全についての海外研修旅行を行っている。2007年9月の初旬、中国山東省青島、煙台、および遼寧省大連の食品工場を視察見学した。丁度その時期、2007年9月1日から始まる中国政府の食の安全を担保する新しい仕組みの実施時期と重なり、新システムスタート時の現場を見られるという幸運にめぐりあった。
 中国製食品の安全性は、中国国家質量監督検驗検疫局(CIQ)が担当している。もちろん中国でもHACCPシステム認定を2002年から始め、CIQにより既に2287社が認定されているといわれ、その他に第三者認証機関によるHACCP認証もあるとのこと。さらに、国内流通用食品などにはCIQによる品質保証の「Sマーク」制度(写真1)が実施されており、市内の商店で購入する多くの食品の袋などに印刷されたり、シールが貼附されたりしている。
 2007年春、メラニン含有ペットフードによるイヌやネコの死亡(米国)、ジエチレングリコール入りの薬で100人以上の子供が死亡(パナマ)、ジエチレングリコール入りの錬り歯磨き事件(米国)など粗悪な中国製品に対する国際的な大クレームが起こることになった。この国際的な非難を受け、CIQが急遽新しい制度「CIQマーク」を導入することにした。
 CIQマーク制度のスタートが9月1日で、山東省では最終的な説明会が8月30,31日に行われたところであり、見学した工場にはその前日にCIQマークのシールが届いたばかりであった。写真2,3に示すように、「偽造」されないように波形の透かしの入ったきれいなシールで、直径が20mm、30mm、40mmの3種類がある。CIQの決めた34種類の食品については、このシールが無いと主要輸出港から輸出することが出来ない。
 このシールの配布を受けるためには、CIQによる厳格な工場査察検査に合格せねばならない仕組みになっている。実際に我々が見学した工場では、CIQによるHACCP認証を受けていたが、この制度の発足に当たり再度調査が行われ、ハード的な面や枝葉末節的な指摘もかなりされたとのことである。中国政府の意気込みが感じられる。
 34種類の食品というと、かなり限定された食品のみとの印象を受けるが、(表2)に示すように一つ一つの食品名がかなり大きいくくりなので、中国が輸出している食品のほとんどがこの制度の対象になる。ありがたいことだ。
(写真1)
(写真1)
(写真2)
(写真2)
(写真3)
(写真3)

(表2)

輸入食品の違反率
CIQマーク制度に対する日本政府の対応
 日本政府は、この制度を受けて2007.08.23日付けで検疫所長宛の通達「中国産食品の取り扱いについて」を出している。そこでは、1.中国政府の措置の有効性を検証するため、違反事例については、輸入者から輸出企業としての登録・登記の有無、輸出検査の結果、検驗検疫マークの貼附の有無等について報告させること。2.輸出停止企業については、引き続き当該企業の全ての食品についての輸入手続きを保留すること。3.検驗検疫マークの貼附にかかわらず、従来通り、検査命令、モニタリング検査等を実施すること(輸入時検査の取り扱いは変更しない)、とされている。
 この通達を見ると、どうも日本政府はこの新しい制度の有効性を信じていないようだ。ほうれんそうの農薬汚染事件などの過去の中国の対応から見て、仕方のないことかも知れない。しかし、中国政府が食の安全を担保するために新しい制度を導入したことだけは事実であり、中国政府も本腰を挙げたということであろう。
 日本人2000万人以上が飢え死にしないためにもこの新しい制度を見守っていきたいし、その効果の多きからんことを願うものである。
不祥事と事件

 最近、食品分野では多くの事件や不祥事が発生し、マスコミをにぎわせている。しかし、事件や不祥事にもいくつかのパターンがある。一つは、ミートホープ社や船場吉兆に代表されるトップ主導の確信犯的なものと、法律などの無知による違反事例である。筆者は、前者は「事件」、後者は「不祥事」と区別している。
 人体に被害が出たかどうか、有症患者がいるかどうかも大きな分類になる。2007年に日本で発生した事件や不祥事では、有症患者はほとんどいない。今回問題となった中国製冷凍餃子事件では、農薬起因の有症患者が出た。通常の使用であれば、残留農薬などで有症患者が出ることはまずあり得ない。検出された農薬の濃度は、製造工程中でのポカミスなどでは、起こりえない濃度であり、かなり犯罪性の高い濃度と見られている。このような事件に対しては、通常の工程管理とは別の対応を考えねばならず、「中国製品」と全てをひとまとめにした認識では、事態は解決しないであろう。
 現実をよく見て、自分で考える習慣を付けて欲しいものだ。

著者略歴
1941年 生まれ
1968年 大阪大学大学院工学研究科発酵工学専攻博士課程中退
1970年 工学博士(大阪大学)
現在、近畿大学農学部 教授、環境管理学科 学科長、食品安全ネットワーク 会長、
日本防菌防微学会 評議員・理事・副会長・微生物制御システム研究部会部会長、
ASEV日本ブドウ・ワイン学会 評議員、PCO微生物制御研究会 会長、
デミング賞委員会 委員
他の記事を見る
ホームページを見る

サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。

Copyright (C) Food Analysis Technology Center SUNATEC. All Rights Reserved.