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食品内で毒素を産生する食中毒菌について 〜加熱調理は食品安全を確保できるか?
大阪府立公衆衛生研究所 浅尾 努、河合高生
1.はじめに
 食中毒という用語を忠実に解釈すれば、食物を食べて毒に中る(あたる)、すなわち生体にとって不都合なことが起こるということになります。したがって、農薬や重金属などの化学物質、植物毒や魚貝毒などの自然毒、食品中で細菌により産生された毒素やヒスタミンのような代謝産物による健康被害が、元来の意味の食中毒に該当します。しかし、一般的には食中毒の原因となる細菌やウイルスが付着した食品、有毒・有害な物質が含まれた食品を食べることによって、腹痛・下痢・嘔吐などの健康被害が発生することと理解されています。従来、赤痢やコレラなどの感染症は食中毒と区別されてきましたが、平成11年に施行された「食品衛生法施行規則の一部を改正する省令の施行等について」で、経口感染症が飲食に起因する場合は食中毒として取り扱われる事になっています。ここでは、元来の意味の食中毒菌であるブドウ球菌、ボツリヌス菌について解説することとし、セレウス菌の詳細については紙面の都合上割愛します。
2.食品企業の衛生管理
 諸外国では食中毒(Food poisoning)と言う言葉はあまり使用されておらず、Foodborne disease(食品由来疾病あるいは飲食に起因する健康被害と訳されている)と表現されることが多いようです。食中毒菌はその発症機序により、(1)食品内毒素型(Foodborne intoxication)、(2)生体内毒素型あるいは感染毒素型(Foodborne toxicoinfection)、(3)感染型(Foodborne infection)に分類することができます(表1)。(2)あるいは(3)に分類される腸管出血性大腸菌O157やカンピロバクターなどは少量の菌を経口摂取しても食中毒を起こします。したがって、食品に付着した菌を増やさないだけでは食中毒を防げない場合もあるので、加熱調理がもっとも有効な食中毒予防手段となります。一方、(1)のブドウ球菌、セレウス菌、ボツリヌス菌は、食品にいくら大量の菌が付着しても、食品中で増殖して毒素を産生しなければ食中毒の原因にならないので、食中毒の予防は比較的容易であるといえます。ところが、一般的にいわれている食中毒予防の三原則の一つである「殺す」という、中心温度75℃で1分間の加熱処理は、これらの菌や毒素には効果がないばかりか、心理的な安心感も含めてむしろ逆効果になることもあるので、加熱したからといっても決して安心はできません
表1(細菌性食中毒菌の発症機序による分類)
3. ブドウ球菌食中毒
エンテロトキシンとは

 ブドウ球菌食中毒の原因毒素はエンテロトキシン(以下SE:Staphylococal enterotoxin)と呼ばれております。SEは免疫学的にA〜Eの5型に分類される分子量約3万の物理化学的に非常に安定なタンパク毒素ですが、最近多くの新しいタイプが報告されています。その中ではH型が食中毒の原因毒素として重要と思われます。エンテロトキシンは腸管毒と訳されるが実際には嘔吐毒であり、その名称は、最初にブドウ球菌の毒素に対して与えられましたが、後に大腸菌、コレラ菌、ウェルシュ菌の下痢毒にも用いられるようになりました。これらの下痢毒を互いに区別するために、菌名を冠して例えばウェルシュ菌エンテロトキシンというように呼ばれています。ブドウ球菌エンテロトキシンは、成書には100℃で30分間の加熱によっても安定であると書かれていますが、この根拠の一つは表2に示した人体実験によるものと思われます。しかし、100%安定であるというわけではありません。いずれにしても、SEは食品中で一旦産生されると通常の調理方法により無毒化することは困難です。

表2 エンテロトキシンAの耐熱性(ヒトへの経口投与)
原因食品を実証できた食中毒事例
 ブドウ球菌が食品に付着し、増殖可能な温度条件で放置されても、必ずしも食中毒の原因とはならなかった事例を以下に紹介します。三種類のハモ料理を喫食した人が短時間の潜伏時間を経て嘔吐を主徴とする食中毒症状を示しました。食べ残し食品はなかったが、同時に調理した食品が冷蔵庫に保管されておりました。なお三種類のハモ料理ともにブドウ球菌が約検出されましたがSEは陰性でした。それぞれの調理方法と細菌汚染状況を示しますので、食中毒の原因となったハモ料理を予測して下さい。

1. ハモチリ用ハモ:熱湯で湯通しした後、冷風で冷却後に冷蔵保存した。細菌数はであった。
2. 湯葉揚げハモ:生のハモに小麦粉を付け、切り湯葉をまぶして冷蔵保存した。細菌数はであった。
3. 寿司用焼きハモ:ハモに薄い塩をふりかけ、両面を素焼きした後、醤油とみりんを合わせた調味料をかけながら両面を焼き、冷風で冷却後に冷蔵保存した。細菌数はハモチリ用ハモと同様にであった。

原因食品を特定する目的で、三種類のハモ料理を35℃で保存して菌数とSEの消長を調べました(図1)。(1)のハモチリ用ハモは、ブドウ球菌が同時汚染菌と競合したためにSEを産生する菌数までは増殖できませんでした。(2)の湯葉揚げハモは汚染菌数が非常に多かったので、ブドウ球菌はまったく増殖できませんでした。(3)の寿司用焼きハモでは、ブドウ球菌は他の汚染細菌よりも発育が速く、12時間後には菌数がオーダーに達しSEも検出されました。寿司用焼きハモを喫食しなかった人は食中毒を発症しなかったという疫学情報からも、以上の結果は支持されました。加熱調理により汚染菌数が減少したことや、調味料に含まれる食塩や糖類により焼きハモの水分活性が低下した(0.973)ことにより、ブドウ球菌の増殖に都合の良い環境が整ったことになります。なぜなら、ブドウ球菌の増殖性は、水分活性が0.97まで低下してもほとんど影響を受けないという、通常の細菌とは異なる特性があるからです。以前に多発していたおにぎによるブドウ球菌食中毒の原因も、寿司用焼きハモと同様の理由によるものと思われます。皮肉なことに、加熱処理されていない、いわゆる雑菌の汚染菌数が多い食品の方がブドウ球菌食中毒に対しては安全であるという結果が得られました。言い換えれば、加熱調理により汚染菌数が減少した食品に手指などからブドウ球菌を二次汚染させないことが、食中毒予防には重要であるということになります。
図1  ハモを35℃で保温した時のブドウ球菌と一般生菌の消長
図1 ハモを35℃で保温した時のブドウ球菌と一般生菌の消長
4. ボツリヌス症
ボツリヌス菌とは異なる菌種を代表する「グループ名」である

 ボツリヌス菌は酸素がない条件でのみ発育可能な偏性嫌気性菌で、耐熱性のある芽胞の状態で土壌や泥中に常在し、農産物や魚類を汚染します。医学的に重要であるとの観点から、例外もありますが、ボツリヌス毒素を産生する菌がボツリヌス菌であるということが分類・同定の基本になっています。ボツリヌス菌はタンパクや糖の分解性などの生化学的性状が異なる、すなわち分類学的に異なるI群〜IV群の複数の菌種を一括したもので、いわば「グループ名」と解釈されます(表3)。食品分離株を16SrRNAのホモロジー検索により同定したために、誤ってボツリヌス菌と決定され慌てて相談を受けたこともあります。この菌は毒素を産生しなかったので、I群ボツリヌス菌と分類学的に区別できないスポロゲネス菌となりました。あくまでも毒素産生性がボツリヌス菌同定の基本であるという事を念頭に置いてください。

表3 ボツリヌス毒素産生菌の性状
ボツリヌス菌の性状
 ボツリヌス菌の発育至適温度はIII 群菌が最も高く(40〜42℃)、II群菌が最も低い(28〜32℃)。芽胞の耐熱性も、I 群菌は80℃の加熱処理に耐えるが、II 群菌はもっとも熱抵抗性が低く、特にE型菌は60℃で13分の加熱でも一部死滅するというように、各群で性状がかなり異なります。ボツリヌス菌に汚染された食品を、例えば80℃の加熱処理をしても、芽胞を殺せないばかりか、熱に弱い夾雑菌を殺すために、ボツリヌス菌が発育し易い環境になってしまいます。カラシレンコン事件は、このような加工条件の製品を脱酸素剤とともに真空包装し(図2)、土産品として室温で流通したことが原因で発生した悲惨なボツリヌス菌食中毒でした。缶詰などの殺菌基準である120℃、4分間の加熱条件は、芽胞の耐熱性が最も強いI 群ボツリヌス菌を対象として決められたものです。
図2 カラシレンコン事件の検体
図2 カラシレンコン事件の検体
ボツリヌス毒素とは
 免疫学的にA〜Gの7型に分類される高分子の易熱性タンパク毒素で、80℃、30分間または100℃、1〜2分間の加熱で完全に不活化されます。ヒトに食中毒を起こすのはA、B、EおよびF型毒素で、C、D型毒素はニワトリなどの鳥類やウシやウマの中毒に関与しています。ボツリヌス毒素のマウスでの最小致死量はわずか数 pg であり、ヒトに対しては1 gの毒素で100万人を殺すという猛烈な毒力があるといわれています。このため、オウム真理教が画策したような、バイオテロに使用されることが危惧されています。
主たる中毒症状は運動神経麻痺である
 初期症状は嘔気、嘔吐のような非特異症状を示しますが、その後に複視、眼瞼下垂、瞳孔散大などの眼の症状、難聴、仮面上顔貌、構語困難、嚥下障害、四肢麻痺、呼吸困難などの神経麻痺症状が発現し、重症化すると呼吸障害のために死亡することがあります。神経症状は両側対称性で下行性であることから、脳梗塞やギランバレー症候群と鑑別できます。乳児ボツリヌス症では頑固な便秘に始まり、哺乳力の低下、泣き声の脆弱等の初発症状に続き、無表情、筋力の低下、呼吸困難等の症状が現れるが、致命率は数%といわれています。
ボツリヌス症は多彩である
 食品中で産生されたボツリヌス毒素を経口摂取することにより発症する食餌性ボツリヌス症が一般的な発生形態でしたが、最近は、経口摂取されたボツリヌス菌芽胞が消化管内で増殖し、その際に産生される毒素により通常1才以下、多くは6ヶ月以下の乳児に発生する乳児ボツリヌス症が多発する傾向にあります。食中毒以外にも、破傷風と同様の機序で起こる創傷ボツリヌス症があり、近年米国や西欧では麻薬の注射による症例が注目されます。食餌性ボツリヌス症は、たとえ食品中に菌が存在しても、それが増殖しない条件(pHが4.6以下または水分活性が0.94以下)で製造するか、あるいは4℃以下の低温で流通保存すれば防止できます。感染毒素型食中毒である乳児ボツリヌス症がハチミツの摂取により多発したために、当時の厚生省が1987年に1才未満の乳児にはハチミツを与えないようにとの通知を出した効果により、ハチミツを原因とする乳児ボツリヌス症の報告はなくなりました。しかし、1990年以降に発生した乳児ボツリヌス症11例の原因食品等の感染源はほとんどわかっていません。
治療薬としてのボツリヌス毒素
 ごく微量のボツリヌス毒素が筋肉を弛緩させるという性質を利用し、筋の異常な緊張で起こる頸性斜頸や斜視などの希少疾患への治療薬として用いられるようになりました。最近では脳性麻痺による筋肉の激しい緊張や痙攣を緩和する治療に使用され効果が確認されております。脳性麻痺が根治するわけではないが、寝たきりから車いすが使えるようになったこと、衣服の着脱など日常の介助がしやすくなったことが報告されています。治療目的以外にも、しわ取りなどの美顔用にも汎用されており、女性の美への飽くなき執念には驚かされるばかりです。
5.最後に
 ここに紹介しました食中毒菌は、その予防法などで感染型食中毒菌とはかなり趣が異なります。ボツリヌス菌の芽胞は耐熱性ですが、毒素は易熱性です。反対にブドウ球菌自体は簡単に熱殺菌できますが、毒素は物理化学的に安定です。このためボツリヌス菌食中毒は、例え食品中に毒素が存在しても、喫食前に加熱することにより防げますが、ブドウ球菌食中毒では不可能です。セレウス菌の芽胞、嘔吐毒はともに耐熱性で、本当に煮ても焼いても食えない代物です。食品の中心温度が75℃、1分間以上の条件で加熱すれば、食中毒の多くは予防できることは事実です。しかし、加熱調理は食中毒予防に対して必ずしも万全ではない、むしろ危険性が増す場合もあるということを敢えてここに記載しました。加えて、SE やセレウス菌嘔吐毒が原材料中に含まれている場合、その後の製造工程や衛生管理がいくら完璧に実施されても食中毒を防げません。このことは、2000年に発生した低脂肪乳事件でも実証されました。原材料のSE やセレウス菌嘔吐毒を検査する以外の完璧な食中毒防止策はありません。ここで述べたことを頭の片隅にでも置いて頂ければ幸いです。
著者略歴
浅尾 努(あさお つとむ)
72年 大阪府立大学農学部獣医学科卒
72年 大阪府立公衆衛生研究所入所
現在 同研究所感染症部細菌課の主任研究員。日本食品微生物学会の理事(検査法担当)および食品からの微生物検査標準法検討委員(国立医薬品食品衛生研究所)として日本の食品微生物試験法の問題点に焦点をあて、そのあるべき姿を検討している。厚生労働科学研究では汚染指標菌の迅速試験法を担当している。今年度から厚生労働科学研究でボツリヌス菌試験法の検討を始めている。
農学博士
河合 高生(かわい たかお)
92年 大阪府立大学農学部獣医学科卒
92年 大阪府立公衆衛生研究所に入所
現在 食品の細菌検査や食中毒菌の試験検査を行っている。ブドウ球菌、ボツリヌス菌、セレウス菌、ウェルシュ菌のような毒素産生菌を対象とした研究を行っている。厚生労働科学研究では汚染指標菌の迅速試験法を担当している。今年度から厚生労働科学研究でボツリヌス菌試験法の検討を始めている。
以上
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