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ノロウイルスによる食中毒、感染症の現状と対策について
国立感染症研究所感染症情報センター客員研究員(前室長)

 昨年末から今年の初めに大流行したノロウイルスによる集団発生、食中毒事件が多発し、連日マスコミでもその脅威が伝えられた。昨年度は乳幼児におけるノロウイルスによる感染性胃腸炎の患者が例年の2倍で約380万人と推定され、感染症、食中毒事件も多発した(図1)。厚生労働省に届けられたノロウイルスによる食中毒事件は過去最大で、499件(全体の33%、図2)、患者数は27,696人(全体の71%、図3)で、例年に比べ2倍から4倍であった。
 実はノロウイルスは感染症と食中毒の両者の起因ウイルスであり、表裏一体であり、ノロウイルスの感染者と食中毒事件の発生には相関が認められる。
 2002年8月には「小型球形ウイルス」と呼ばれていたものは国際的に「ノロウイルス」と命名されたことを受けて、2003年に厚生労働省は食中毒の病因物質を「小型球形ウイルス」から「ノロウイルス」に改めた。

図1 ノロウイルス集団発生月別報告書
図2 病因物質別事件数の年次推移
図3 年別の食中毒病因物質別患者数
ノロウイルスによる感染症、食中毒の発生様式

感染症には2つの様式が考えられる

1) 患者の糞便(オムツ替え)、嘔吐物の処理の際に、ウイルスが手、衣類に付き、嘔吐物の処理の際に雑巾、バケツ、洗い場等を汚染させる。汚染されたところに他のヒトの手が触れ、食事のときに手に付いたウイルスが口に入り感染する。
2) ノロウイルスは非常に小さい、ノロウイルスに汚染された糞便、嘔吐物が乾燥すると舞い上がり、塵となり、空気中に漂う。一旦舞い上がるとノロウイルスは極めて微小のため、なかなか落ちなくて、空中に漂う。ウイルスが直接、あるいは食べ物、衣類に付き、そして手に付き、口に入り感染する。
ノロウイルスによる食中毒には以下の3つの様式がある。
1)

汚染されたカキ等の二枚貝を介するもの。

2) 食品取扱者・調理者による食中毒事件:ノロウイルスに感染した食品取扱者・調理者がノロウイルスに汚染された糞便・吐物を食品に付着させることにより食中毒事件となる。
3)

環境汚染における飲料水の汚染:近年水源を汚染することにより飲料水による食中毒事件が起きている。特に10m以下の浅井戸で飲料水のノロウイルス汚染が起きているので、そのような井戸水を利用しているところでは水源が汚染されないように注意しなければならない。

ノロウイルスによる大規模な感染症、食中毒事件が多発する要因
 

ノロウイルスの特徴として

1) 感染力が非常に強い:ノロウイルスは10個程度で感染・発病する。
2) 糞便・吐物には大量のウイルスが存在する:患者の糞便1g中に1億個以上、乳幼児では100億個以上がノロウイルスに汚染している。吐物では1g中に100万個のウイルスが、存在することがある。患者のウイルス排泄は2週間程度続く。昨年度に厚生労働省に届けられた食中毒事件で、患者数が500人以上は全て原因病因物質がノロウイルスであった。いずれも、ノロウイルスに感染したヒトが手洗い不十分で、食品をノロウイルスに汚染させたことによると考えられている(表1)。ノロウイルス患者便には大量にウイルスが存在しており、ほんの僅かに手に付着しても、そこには大量のウイルスが付くことになる。例えば、1/1000g付いても、そこには10万個のウイルスが存在する。そのような手で食品を扱えば、1000人以上が感染する可能性がある。
表1 患者数500人以上の事件(2006年)
3)

感染力を長期間保持する:本ウイルスは自然界で長期期間感染力を保持する。冷蔵庫では数ヶ月間、食品に付着したウイルスはなかなか不活化しない。ノロウイルスは調理場、施設を汚染させると表面上に少なくとも3から6週間は生存し続けることができるので、汚染があった時には、全体をしっかり消毒する必要がある。また、空調施設のあるところではフィルターにもウイルスが付着して、施設全体を汚染する。

4)

物理化学的抵抗性が強い:細菌が死滅する塩素濃度および強酸性水では容易に不活化しない。酸に強く容易に胃を通過し、感染部位である小腸に達し、そこで増殖する。70%のアルコールにも強く、熱にも強い。不活化には85度1分の加熱が必要であると考えられている。

5)

ノロウイルスには遺伝子型が多い:1つの遺伝子型に感染しても、他の多くの遺伝子型に感染する。抗体の持続が短く、同じ遺伝子型に繰り返し感染する。従って、何度でも感染する。従って、乳幼児から高齢者まで、全年齢層で感染する。

予防対策

ノロウイルスは物理化学的抵抗性が強く、厄介なものである。

1) 加熱処理:ウイルス汚染の危険を有する二枚貝は内臓(中心部)が汚染されているので、外部を洗ってもウイルスを完全に除去できない。中心部まで加熱できる食品、布巾、食器類等は85℃で1分間以上の加熱を行う。ノロウイルスを殺滅するには加熱が最も確実である。
2) 手洗い:排便後、料理前に、石鹸を十分泡立て、ブラシ等を使って手指を流水による温水で洗浄を10秒間以上で、この操作を2回行う。
3)

食品:野菜等の生食する食品は流通段階でウイルスに汚染されていることがあるので流水でしっかり洗浄する。冬期は特に丁寧に洗浄する。

4) 設備の改善:飲食店、旅館等では水道およびドアーの開閉は自動あるいは足で操作できるものに改善する。外部からのウイルス侵入の防止を目的として、客用とは別に従業員専用のトイレを設置することが望しい。便座温水洗浄とし、お尻を乾燥させるものがよい。
5)

吐物や糞便の処理:糞便・吐物の処理はペーパータオル等で拭き取り、次いで市販の次亜塩素酸ナトリウム液を60倍程度に希釈し(塩素濃度1,000ppm)5〜10分間浸す。再度塩素濃度200ppmで浸すように拭く。

6)

調理器具・床の消毒:次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度200ppm)で浸すように拭く。

7)

嘔吐物、糞便の処理が遅れたときには(乾燥させたときには)、直ちに窓を開け、ウイルスを屋外に出し、それから床面等を消毒する。また、空調施設のあるところではフィルターを交換する。使用していたフィルターは次亜塩素酸ナトリウム液(塩素濃度1,000ppm)に浸し、廃棄する。

検査
 

 ヒトの検査材料は糞便あるいは嘔吐物を遺伝子検査用の蒸留水を用いて10倍希釈し、10,000回転20分間遠心を行い、その上清を検査に用いる。二枚貝は内臓である中腸腺を、そのほかの食材についてはヒトが直接、ノロウイルスをつけているので、野菜、刺身等の表面が水に溶けないものは表面を洗い、洗った液を超遠心あるいはポリエチレングリコールで濃縮して検査する。洗えないものは表面を薄く削り取り、それを検査する。
 検査法はRT-PCRあるいはリアルタイムPCRで行うのが望ましい。但し、RT-PCRでは増幅された遺伝子について、ハイブリダイゼーションで確認するか、あるいは遺伝子配列を決定して、ノロウイルスのクラスターに属することを確認する。

検査感度
 

 ノロウイルスの検査ではウイルス量が多くないと陽性とはならない。電子顕微鏡およびELISA法では1ml中に100万個必要であり、両検査での陰性はウイルスが存在しないことを表していない。0〜99万個の間で存在することです。リアルタイムPCRでは1万個以下、RT-PCRでは1000個以下である(表2)。
 食品取扱者で、ノロウイルスに感染し、ノロウイルスが陰性とならないと職場復帰させないということで、検査法の安いELISA法で陰性となり、職場復帰したところ、食中毒事件を起こしたことがあります。検査を受けたヒトはウイルス陰性という結果を受けたので、安心して、手洗いが不十分であったと思われる。検査は陰性であったものの、おそらく、99万個以下でウイルスが排泄していたと推測される。従って、検査が陰性でも安心しては駄目です。排泄しているウイルス量が少なくなったと考えるのがよい。

表2 ノロウイルス検査法の検出感度
まとめ
 

 ノロウイルスによる食中毒のウイルス源は感染者の糞便・吐物である。糞便は便器、下水処理施設が処理するが、その代償としてカキを汚染する。吐物はヒトが処理しなければならない。その際にヒトの手、雑巾、バケツ、洗面所等を汚染し、二次感染を起こす。その際に手についたウイルスが食品に付着し、食中毒事件を起こしている。汚染された糞便、吐物を放置すると、塵となり環境全体を汚染させます。
 ノロウイルスは上記の如く感染力が非常に強く、しかも不活化は容易でない。そのために感染症、食中毒を頻繁に起こすことになる。現代社会でもしぶとく生き残れるウイルスと言えます。
 このウイルスによる感染症、食中毒の防止に特別な手段は無い。食事前に丁寧な手洗い、ウイルス汚染の危険性のある食品は加熱するか、充分な洗浄である。食品取扱者、調理者は排便後、汚物の処理後に身の回りおよび食品に付着させないこと、調理前には手指を十分に洗浄する。食品は可能な限り中心部まで充分な加熱を行うことで、感染症、食中毒の予防が可能と考えられます。

プロフィール
西尾 治

 国立感染症研究所感染症情報センター客員研究員(前室長)
 愛知医科大学客員教授

・昭和45年3月 鳥取大学農学研究科獣医学専攻修士課程終了
・昭和45年4月 愛知県衛生研究所微生物部
・平成2年 4月 愛知県衛生研究所ウイルス部科長
・平成2年 4月 国立公衆衛生院衛生微生物学部ウイルス室長
・平成6年 4月 国立感染症研究所感染症情報センター室長
・平成14年4月 国立感染症研究所客員研究員
・平成18年4月 愛知医科大学客員教授
・平成19年4月 東京大学医学部非常勤講師
・平成7年10月〜18年3月 平成14年4月から18年3月 独立行政法人国立環境研究所客員研究員併任
・平成14年4月〜18年3月 国立保健医療科学院研修企画部併任
・平成14年1月 厚生労働省 薬事・食品衛生審議会臨時委員
・平成15年9月 内閣府食品安全委員会ウイルス専門調査会専門委員
・平成18年5月 文部科学省学校給食衛生管理推進指導委員
・平成18年4月 厚生労働省厚生労働科学研究および内閣府食品安全委員会
食品健康影響評価技術研究の研究班長
著書

西尾 治:牛島廣治編ウイルス性下痢症とその関連疾患、“アデノウイルス” P57-67、新興医学出版社、1995
西尾 治:櫻林郁之助、熊坂一成監修、臨床検査項辞典、“SRSV抗原検出・同定”、P11074、医歯薬出版KK、東京、2003年7月13日
西尾 治:小型球形ウイルス(ノロウイルス、サポウイルス、アストロウイルス)、厚集、ノロウイルス現場対策、幸書房、2006年、3月、20日
総説生労働省監修、食品衛生検査指針、450-474、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治:アデノウイルス、厚生労働省監修、食品衛生検査指針、500-512、日本食品衛生協会、2004年6月30日
西尾 治:丸山務編、ノロウイルス現場対策、幸書房、2006年3月20日
西尾治, 古屋由美子, 大瀬戸光明. ウイルス性食中毒の予防―ノロウイルス,A型肝炎ウイルス―. 食品衛生研究2005;55(4):19-24.
西尾治, 山下育孝, 宇宿秀三. ノロウイルスによる食中毒,感染症. 食品衛生研究2005;55(10):7-16
西尾治. ノロウイルスの食中毒対策. 臨床と微生物 2006. 33:233-237.

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