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光で味見-Optical Tongue-
三重大学大学院 生物資源学研究科 橋本 篤
味覚関連情報センシング
 現在、様々な分野で人間の五感をセンサに置き換える試みがなされており、新たな人手としての役割や、人間以上に高度な知能・技術を持ち、人間生活をより豊かにする存在としてのロボット開発・有効利用等への応用が期待されている。「視覚」、「聴覚」、「触覚」は早くから物理センサの開発が進んでおり、人間の感覚を超える感度のものも実用化されているが、「嗅覚」と「味覚」については、その研究開発が比較的遅れている。味の分析に関する研究は、「化学センサ」を使い人間の味覚を模倣するアプローチと、「物理センサ」を使って食品の成分分析を行うアプローチに大別される。





 分光計測法には、赤外、可視、紫外、X線計測と様々な方法がある。対象とする波長領域により得られる情報が異なるため、それを考慮する必要がある。ところで、味覚に影響を与える要因としては食品中の化学成分があり、化学成分を客観的に評価することが、食品の味覚関連情報の抽出につながる。つまり、このような評価には、複数成分の同時計測、定性、および定量の可能性を有し、成分の相互作用を把握できる赤外分光法が有効と考えられる。

味見ロボット-赤外分光情報センシング-
 味見ロボットでは、取得したスペクトルの処理は、検量線に基づく定量分析と、パターン認識による食品名推定の2つに分かれ、それぞれ、独立に処理される(図1)。
図1.検量線に基づく定量分析とパターン認識による食品名分析の対比
図1.検量線に基づく定量分析とパターン認識による食品名分析の対比
 定量分析に関しては、糖、酸、脂肪など食品の主成分のスペクトル特性をあらかじめ把握し、食品内における特定成分スペクトルの濃度依存性を検討し、検量線を作成することにより行った。このような定量分析は、構成成分が比較的簡単な食材の場合には、良好な結果を得ることができた。たとえば、リンゴ、バナナ、桃のような果物に対して検量線を使った糖度などの推定が可能である。リンゴの吸光度スペクトルとグルコース等の検量線から糖分濃度を推定し、リンゴの「すっぱい」、「甘い」を区別でき、実際に人間が食しても有為な差を見ることが出来る。一方、複雑な食材(例:チーズ)では、多数の構成成分スペクトルが互いに影響を及ぼしあい、検量線を得ることが困難な場合が多い。

 食品名を推定する場合には、吸光度スペクトルをパターンとしてとらえ、スペクトル同士を比較して、パターン認識技術を使って食品の識別や分類を行う。そのためには、事前に種々の食品の吸光度スペクトルを採取し食品名と対にして辞書に格納しておく必要がある。銘柄が不明なテスト食品を与えられると吸光度スペクトルを採取し、辞書内のスペクトルとの距離計算を行う。その中で最も距離が小さいスペクトルが見つかったら、そのスペクトルの食品名がテスト食品の名前であると推定する。

ソムリエロボットの開発
 上記の機能を有した味見ロボットでは、ワイン銘柄の判別が困難であった。そこで、(1) 赤外線スペクトルの取得方法の改良:スペクトル測定領域の変更とワイン成分スペクトルの特徴抽出、(2) 判別アルゴリズムの改良:対象ワインのスペクトル間の差異を最大化するポイントの自動抽出、および (3) 期待獲得情報量に基づくワイン選択質問機能の追加、を行うことによりソムリエロボットの開発を試みた。以下、赤外分光法によるワイン銘柄の識別について説明する。

図2.ワイン成分の赤外吸収スペクトル例
図2.ワイン成分の赤外吸収スペクトル例
食品関連分野における展開
 ここで紹介した手法の食品業界への適用としては、原材料評価、日本人向けあるいは特定の海外市場を意図した食品の味付けの設計支援、食品生産ラインでの早期問題診断などがあげられる。さらに、将来的には,劣化食品や食べ頃を検出するようなセンサとしての展開も考えられる。その他、健康や厚生、さらには環境モニタリングや安全管理における利用の可能性を有しているものと思われる。
文献
1) 都甲潔:感性バイオセンサー,朝倉書店 (2001)
2) Edelmann A., Lendl, B.: Toward the Optical Tongue: Flow-Through Sensing of Tannin-Protein Interactions Based on FTIR Spectroscopy. J. Am. Chem. Soc., 124, 14741 -14747 (2002)
3) Fujita, Y.: Personal Robot PaPeRo. J. Robotics Mechatronics, 14, 60-63 (2002)
4) Shimazu, H., Kobayashi, K., Hashimoto, A., Kameoka, T.: Tasting Robot: a Personal Robot with an Optical-Tongue. Proc. of 36th International Symposium on Robotics.
5) Hashimoto, A., Kanou, M., Yamanaka, A., Kameoka, T., Kobayashi, K., Shimazu, H.: Mid-Infrared Spectroscopic Analysis for Characterizing Wines. Abstracts of 3rd International Conference of Vibrational Spectroscopy, P11.14 (2005)
6) TIME: Best Inventions 2006
(http://www.time.com/time/2006/techguide/bestinventions/inventions/meals5.html)
筆者略歴
橋本 篤(はしもと あつし)
・1987年3月 東京農工大学工学部化学工学科卒業
・1992年3月 東京農工大学大学院工学研究科博士課程修了物質生物工学専攻
博士(工学)(東京農工大学)
・1992年4月 三重大学生物資源学部助手
・1998年4月 三重大学生物資源学部助教授
・2004年4月 三重大学生物資源学部教授
・2006年4月 三重大学大学院生物資源学研究科教授
【学会等役員】 日本食品工学会理事
アジア・太平洋「食・農・環境」情報拠点理事
みえメディカルバレー研究会・センシング実用化研究会代表
など
【主な所属学会】 化学工学会、日本食品工学会、照明学会、計測自動制御学会、
農業情報学会、農業機械学会、生物工学会、日本食品科学工学会
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