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おいしさの客観的な評価の実際
三重大学大学院 生物資源学研究科 橋本 篤
はじめに
 食感や風味など食のおいしさの評価は、人によって異なる嗜好的なもので、評価基準もない中、食べくらべて、官能評価を進める中、「なぜ違うのか?」、「どの位違うのだろうか?」と疑問をもつことがある。さらには、個々がおいしさについての言語表現が異なるために、「他の人はどう評価するのだろうか?」と思い自身の評価にすら疑問をもつことがある。
誰もが同じ食を求める平均的な嗜好から多様化に向かう現在、個々のおいしさの嗜好に対応するには、おいしさを如何に客観的に判断するかが重要になってきている。
1.おいしさの要素と評価手法について
 おいしさの要因は、多くの要素からなっており、大きくは、食べ物と食べる人の状態に分けられ、これらの要因の複合評価でおいしさは決定される。食べ物の状態による要因は、味や香りなどの化学的要因と食感を主体とする物理的要因に分けられる。
 味や香りが異なる場合は、食品に含まれる味や香りの成分の定量分析を行うことが基本的な考え方となる。その分析においては、「甘い」、「酸っぱい」などの味や香りの質は相互影響するために、成分間の相関を考える必要があり、舌や鼻を模した感覚センサーの分析値を組み合わせることにより、主たる味や香りに関与する重要な成分を決定づけることが容易になると考えられる。
 食感が異なる場合は、レオロジーの測定、あるいは、その差の原因となる食品の組織や含まれる成分の分布を分析することが基本的な考え方になる。食感の差は食品の組織構造や水や油などの成分分布によるところが大きい。特に、味も香りもない水や油や空気の分布がどのような大きさで、どうように分散しているかが重要となる。
2.おいしさの客観的な評価事例
 “食べた評価と機器の数値が合わない”のは、食感は多くの要素の総合評価であるため、一つの機器分析では、全てを測定できないことや、一つの機器分析結果と食べた評価の相関がないことが多くあるためである。そのため、食感の分析には、複数の機器分析結果が必要になる。これらの複数の機器から得られた結果と食べての評価結果との相関解析を行うことが好ましい。例えば、食感の原因である食品の組織分析に行うにおいても、その組織の差が食感に影響しているのかいないのかを判断することが重要である。すなわち食感に直接影響する組織(食べてわかる組織構造)とその組織を構成しているさらに微細な組織(食べてもわからない組織構造)が存在することになる。
2−1.乳化食品のおいしさ
 ミルクコーヒーやカスタードクリームなど、乳化食品の油脂の分散状態は、その乳化粒子の大きさの分布及びその変化を計測することが直接的な方法としては最も一般的であり、油脂の乳化粒子径を均一に小さくすれば、乳化安定が増す傾向になるといわれている。一方、おいしさの要素であるコクなど脂肪感は、粒子径だけはなくその分布も重要であり、プロのシェフが作るドレッシングなどの乳化食品において、そのおいしさは、乳化粒子の分布の広さにあるともいわれている。
 乳化状態をIRイメージング(2次元赤外分光分析)で観察した場合、従来の乳化粒子の大きさの分布計測とは異なり、油脂の分布の粗密度合い(不均一性)を計測することが可能であり、さらに、蛋白や多糖類の乳化への関与を分析することも可能となる。
 図1は、IRイメージングによる食感の異なるカスタードクリームの脂肪の分布比較で、濃厚と感じられるもののほうが、油が不均一な分布と考えられる。乳化食品において乳化粒子がどのような分散になっているかが可能になると、その情報から、例えば、匂いの出方や濃厚感などの乳化が影響するおいしさの制御が可能になると考えられる。
図1 食感の異なるカスタードクリームの油のIRイメージング分析(左:濃厚感大、右:濃厚感小)
図1 食感の異なるカスタードクリームの油のIRイメージング分析(左:濃厚感大、右:濃厚感小)
 近年、食に対する健康意識が高まり、低脂肪食品が多くなっている。単に脂肪量を減らすだけでは、脂肪が要因となるボディー感やコクなどのおいしさも低下する。低脂肪食品においても、脂肪を如何に分散させるかで、ボディー感やコクなどのおいしさに大きく影響すると考えられる。IRイメージングの分析結果より、乳化粒子を大きく、不均一にすることは、非常に不安定な乳化となり好ましくない。乳化粒子の分布を制御し、分布の密度差より脂肪が要因となるボディー感やコクなどのおいしさを向上されれば、おいしさと安定の共存する乳化食品が可能であるということになる。
2−2.官能評価との複合分析
 男女差や年齢が異なる場合、例えば、70歳の男性と20歳の女性では、食べ物の固さの感じ方は異なるなど、おいしさの感じ方が異なる場合が多くある。 個々のニーズに正確に把握するには、そのニーズを如何に客観的判断するかが重要となり、客観的な数値表現がその手段の一つと考えられる。
機器による分析と官能評価による評点の相関解析を行うことにより、評価者の嗜好の大小が何に起因するかが明確になる。また、生産条件など既知な場合は、評価試料をより高い嗜好のものに改善するには、どのポイントを改善するかが明確になる。香りや味の評価においては、匂いや味を人の感じ方に近い出力が得られると味覚センサ・ニオイセンサと成分分析を複合して分析することにより、より官能評価と相関が得られる情報となる。
 図2に、数種のイチゴの味と匂いの官能評価と味の成分分析とニオイセンサ機器分析の相関解析結果を示す。この結果は、評価者が嗜好の最も高いポイントが明確になるだけではなく、機器分析値の匂いの検体差が識別できていない部分なども明確になり、官能評価の補正にも利用することができる。
図1 食感の異なるカスタードクリームの油のIRイメージング分析(左:濃厚感大、右:濃厚感小)
おわりに
 おいしさ科学館は、多様化する食のおいしさのなぜを、訪れる方と一緒に考え、より安心しておいしい食の提供をサポートする場として開設した。「おいしさとは?」人によって感じ方は異なる。中でも食に携わる立場によって、おいしさの感じ方・考え方もさまざまと考えられる。 「多様化するおいしさ」に対応していくために、最も大切なことは、相互に感じるおいしさを理解しあうことと考えられる。おいしさ科学館は、おいしさの「なぜ」を多方面の人々と考え、「さらに安心でおいしい食の提供」を願う方をサポートする場になることを目指している。
筆者略歴
羽木 貴志 (はぎ たかし)
おいしさ科学館 館長
・1985年 静岡大学理学部 卒業
・1985年 太陽化学株式会社 入社
  現在に至る
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