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アジアにおける食品の食中毒原因菌汚染状況
京都大学東南アジア研究所 西渕光昭
はじめに
  平成11年には、旧伝染病予防法の対象になっていたコレラ菌、赤痢菌、チフス菌及びパラチフスA菌の4菌が食中毒原因細菌に追加された。このことは、かつては輸入感染症(我が国からの海外旅行者が旅行先で感染する感染症)に分類されていた感染症の原因菌が、我々が日常口にする食品に含まれるようになった可能性を示唆している。一方、我が国では、輸入食品に依存する割合が増加の一途をたどっている。特に、我が国は、近くに位置するアジア地域の国々からは水産食品や農産食品を中心に多くの食品を輸入しており、これらの国々では上記の菌種による感染症が多発している。このようなことから輸入食品の安全性について関心が高まってきている。他のアジアの国々では、我が国とは生活様式、衛生環境、衛生観念などが異なり、これらが食品の衛生状態に影響を及ぼす可能性がある。しかし、これらの国々における食品の食中毒原因菌汚染状況に関する情報は乏しい。本報告では、この点について著者が過去にアジア各地で実施した共同研究の調査結果を簡単に紹介する。
魚介類の腸炎ビブリオ汚染
 我が国では、魚介類を生食する習慣があるため、腸炎ビブリオ感染症は重要であり、40年間以上にわたって食中毒情報が蓄積されている。しかし、他のアジア諸国での感染症情報や病原性菌株による食品の汚染状況に関する情報は乏しい。1996年頃から問題になっている腸炎ビブリオの世界的大流行に関する研究を中心に、アジアの国々でも次第に情報が得られるようになった。我々は、この世界的大流行をおこしている菌株群をパンデミッククローンと名付けた。このクローンはtdh 遺伝子陽性、trh 遺伝子陰性、およびGS-PCR法(パンデミッククローン特有の塩基置換を検出)による検査で陽性を呈する菌群として同定される。このクローンは、最初O3:K6血清型が特徴であるとされたが、後に血清型のバリアントが出現した。パンデミッククローンによる感染症は1996年から1998年にかけて、インド、バングラデシュ、タイ、ラオス、韓国、台湾、および日本で発生し、1998年には米国でも感染が確認された(文献-1)。その後、われわれはベトナムおよびマレーシアでも感染症を確認し、さらに最近では、ヨーロッパ、アフリカ、および南米からも感染症の報告がある。
 タイ南部のハジャイ市では、シーフードは頻繁に消費されているので、我々は、ここを中心にパンデミッククローンに関する共同研究を実施した。1999年に1年間で、2つの市中病院で、合計317症例の腸炎ビブリオ感染症が確認できた。そのうち、76%がパンデミッククローンによる感染症であった(文献-2)。環境サンプル(魚介類など)中の病原性菌株(tdh 遺伝子、trh 遺伝子、または両遺伝子を保有する菌株)の分布頻度はかなり低いので、何らかのスクリーニング方法(増菌培養液のPCRスクリーニングなど)を採用しないと、環境サンプルから病原性菌株を分離するのは容易ではない。ハジャイ市で、免疫磁気ビーズ法(O3:K6などの血清型をスクリーニングするため)を用いて、パンデミッククローンを対象に市販魚介類を検査したところ、アカガイ(Anadara granosa)からパンデミッククローンに属する菌株を分離できた(文献-3)。その後の研究でも、アカガイおよび他の2種の二枚貝(Meretrix meretrix, Perna viridis)からパンデミッククローン菌株を分離したが、他の魚介類からは病原性菌株は分離されなかった(文献-4)。その他に、我が国では、アサリ、岩ガキなどの二枚貝から(文献-5)、インドではカキからパンデミッククローン菌株の分離報告がある。二枚貝は、濾過により環境水中の微生物を蓄積するフィルターフィーダーであるので、衛生学的には危険度の高い食品である。タイで腸炎ビブリオ感染症が多発する理由は、貝の肉が固くなるのを避けるために、肉が高温になるまで加熱しないで摂食するためであることがわかった。
魚介類のコレラ菌汚染
 コレラ(コレラ毒素産生性コレラ菌による感染症)が多発するのは、インド-バングラデッシュにまたがるベンガル湾沿岸地域で、ここから患者の移動を介して、過去に何度もコレラの世界的大流行がおこったとされている(ただし第7次大流行を除く)。 しかし、他のアジア地域でもコレラは発生している。特にエルニーニョの影響が強かった1999年はアジアの多くの国からコレラの報告があった(※表1を参照してください)。コレラ菌の本来の生息環境は、沿岸水である。コレラの一次感染は、コレラ毒素産生性コレラ菌によって汚染した魚介類、あるいはそこから汚染した食品を、十分に加熱調理せずに摂食することによる感染である。二次感染は、患者が糞便とともに排泄する大量の菌によって汚染した環境水を介した水系感染で、このためにコレラの流行がおこる。ベンガル湾沿岸地域では、衛生的とは言い難い沿岸水を、日常生活で多目的に使用するため、コレラの流行が多発している。 著者らは、1980年から1987年にかけて我が国に輸入された魚介類からコレラ毒素産生性コレラ菌(O1型)を分離報告した(文献-6)。マレーシアでは、1998年から1999年にかけて、サラワク州やサバ州を中心にコレラが多発した。この時期に著者らは、マレーシア各地で購入した市販魚介類(エビ・カニ・二枚貝)から、コレラ毒素産生性コレラ菌(O1型、O139型、およびrough型)を分離した(文献-7,8)。これらの菌の分離に成功した理由は、43℃で増菌培養を行ったからであると考えられる。当時サバ州沿岸では、伝統的な料理であるウマイ(umai、生の魚またはエビを使用した料理)がコレラの発生原因となり、患者の移動や儀式での飲食を介して、コレラの流行が広がった(文献-9)。
※表1 アジア諸国からWHOに報告されたコレラ症例数を見る
牛肉の腸管出血性大腸菌O157汚染
 腸管出血性大腸菌の中で、代表的血清型O157に属する菌株(以下O157と略す)による感染症に関しては、アジア地域では、日本で多数の報告がある。しかし、その他のアジア地域では報告は乏しい。しかし、著者らは、少なくともアジアの3つの国で市販牛肉などにO157が分布することを明らかにし、分離菌の性状を調べた。マレーシアの都市部のスーパーマーケットで販売されている輸入牛肉を検査したところ、インド産と表示されていた牛肉の約4割からO157が分離された(文献-10)。タイ南部では、デパートで市販されていた牛肉および牧場の牛の糞便からO157が分離された(文献-11)。中国山東省青島市内の市場で売られていた牛肉からもO157が分離できた。これらの分離菌株はstx2 遺伝子およびeae 遺伝子を保有していた。しかし、かなりの分離菌株では、Stx2 蛋白毒素の産生が認められないか、あるいは産生量が少ないことがわかった。その理由は、stx2 遺伝子の発現とこの遺伝子を取り込んでいるファージの増殖に問題があるためであると考えられる(文献-12)。人々が、適度な衛生条件下で、このようなO157に暴露されれば、発症せずにO157に対する免疫が誘導される可能性があり、患者の報告が希であることを説明する理由の1つになり得る。
おわりに
 食中毒原因菌の環境中の分布頻度は、様々な地域的要因によって影響を受ける。環境水の温度(腸炎ビブリオ)、患者糞便による環境水汚染(コレラ菌)、食肉の調製と販売における衛生状態(O157)。これらの要因は地域によって異なる。またこれらの菌による食中毒の発生にも、地域的な要因(食文化、環境や食品管理の衛生状態)が影響を与える。グローバル化の進行にともなう国際的な食品衛生基準の設定と、それぞれの地域に特有な要因が、今後どのように向き合ってゆくか(対立、変更、あるいは融合)に注目したい。
文献
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筆者略歴
西渕 光昭(にしぶち みつあき)
広島大学水畜産学部卒業、オレゴン州立大学留学(文部省派遣交換留学生)、広島大学大学院農学研究科修士課程修了、オレゴン州立大学大学院博士課程修了(微生物学Ph.D.)。
メリーランド大学医学部ワクチン開発センター研究員、大阪大学微生物病研究所助手、京都大学医学部講師・助教授を経て現在(京都大学東南アジア研究所統合地域研究研究部門教授)にいたる。
【主な著書】 “International Handbook of Foodborne Pathogens”Marcel Dekker, 2003(分担執筆)、 “Ecological Destruction, Health, and Development: Advancing Asian Paradigms”Kyoto University Press/Trans Pacific Press, 2004(分担執筆)、 “Food-borne Pathogens: Microbiology and Molecular Biology”Caister Academic Press, 2005(分担執筆)、 “The Biology of Vibrios.” ASM Press, 2006(分担執筆)。
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