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中国における食品安全と検査状況
アジア食品安全研究センター 佐藤元昭
はじめに
  最近、中国の食に関する不安な事件が多発している。残留農薬以外にも、硝酸塩による増量食塩、メラミンによる窒素分増強植物蛋白、ジエチレングリコール入りグリセリン、ズルチンやサイクラミン酸入り食品、抗生物質残留魚介類、遺伝子組換米使用米粉、鉛溶出土鍋、鉛含有子供用玩具等々である。
 中国の食品安全体制はどの様になっているのであろうか?残留農薬に絞って、独断と偏見に陥る危険性がかなり大きいが、筆者の少ない経験を基に、敢えて検討してみる。
1.中国の食品安全体制
1−1.中国国内の食品安全状況
 中国国内での食品の残留農薬汚染問題は、2002年の日本の状況に対し比較にならないほど深刻であったようである。1990年代後半頃から香港や上海の先進大型消費地を中心に残留農薬による食中毒事件が度々発生し、死亡者が出る事態にまでになり、地元新聞紙上で『毒菜』問題として取り上げられたとのことである。中国の人達は、野菜を通常油で炒めて食べるが、外国人や外国生活経験者の多く住む都市部では野菜サラダを食べる人も多く、このような中毒事件が発生したものと思われる。消費者の間では、野菜を1時間以上流水で晒してからでないと安心して食べられない、という極端な話までされている。
(通常の病害虫防除のために散布した農薬が作物に残留する程度では、重篤な食中毒や死者が発生することはありえない。恐らく、野菜の鮮度保持や病害虫の被害の拡大を防ぐ目的で収穫後の野菜に直接散布したか、農薬の溶液に浸したものと推定されている。)
これを受けて『国務院』は2001年に「無公害食品行動計画」(有害物質や禁止された農薬を使わず、農薬等は定められた濃度・回数・時期を守り、対象病害虫防除の目的にのみ使用する等日本のGAP:適正農業規範と同等)を制定し、農業部に実施させた。
1−2.食品安全関連部局
 中国政府の食品安全に対する指導思想は、(1)公衆の健康水準の向上、(2)就業の促進と農民収入の向上、(3)中国食品産業の国際競争力の強化である。
 中国の食品安全に関わる部局は、『国家食品薬品監督管理局』、『国家質量監督検験検疫総局(質検総局)』、『衛生部』、『農業部』、『商務部』、『国家工商行政管理総局』、『税関総局』、『公安部』、『環境局』、『鉄道交通管理部』等の多数の部局がそれぞれの立場から食品の安全に関与している。これらの中でも質検総局のみが中国全土に対し直接的な管理指導を行える強大な権限を持っていて、輸出入食品の品質や安全性に関する管理・監督・指導等の実権を握っている。
 質検総局は2001年に国家出入境検験検疫局と国家品質技術監督総局が合併したものである。ここでは国内流通食品の安全・品質管理及び、全国に35箇所ある国家出入境検験検疫局(CIQ)を通じて輸出入食品の安全と品質管理に対し唯一絶大な権限を持っている。
 『国家食品薬品監督管理局』は2003年に、食品や薬品に関わる広範囲に及ぶ関係各部局間の調整と情報提供を行う専門機関として設立されたものである。
 『衛生部』は、食品衛生法により食品衛生監督業務を主管しており、「衛生部衛生監督中心」と「中国疾病予防控制」を通じて全国の食品衛生監督業務を主管している。「中国疾病予防控制」の下部組織である「栄養食品安全所」が食品衛生技術の中心であり、権威を持っている。『衛生部』は地方に直属の組織を持っておらず、省、地区、市、県の政府を通じて政策を実施しており、各地方政府の事情や状況によってその浸透具合に差異が生じることがある。
 『農業部』は、「農業部農薬検定所」、「中国動物用医薬品監察所」を直轄し農水畜産物の栽培、養殖、飼育過程における食品安全に関わる業務を主管している。また、2001年に『国務院』が制定した「無公害食品行動計画」推進の中心でもある。農業部も衛生部等他の部局と同様に地方に直属の組織を持っていない。
1−3.食品安全工作強化規定
 『国務院』は2004年に『食品安全工作強化規定』を発表し下記概要の重点課題に取り組むとした。
→ 食品安全工作強化規定
1. 「食品加工業の検査強化」
2. 「農業における改革」
無公害行動計画の継続、農民の農業資材知識普及の実施
低毒性農業資材の使用推進
品質安全基準システム・トレーサビリティーの構築と定期監督制度の構築
無公害農水畜産品基準化生産総合模範区を設立し農薬等の使用の禁止・制限・淘汰を行う
3. 「流通改革」
食品流通および消費領域への監督強化
緑色消費の提唱と緑色市場の育成
衛生部、食薬監管局、国家認監委等の関係11部門の連合により食品の安全性を向上させ悪質業者を締め出し、消費者意識を向上させる
4. 「教育と農村市場の管理監督」
農村の小規模店舗、市場、家内工業等の監督強化

粗悪な子供向け食品の抑制

学校食堂、社員食堂の監督強化
5. 「法的処置」
犯罪グループ、首謀者を厳しく処罰
問題を長期放置している地区や機構関連人員の責任追及
1−4.中華人民共和国農産品質量安全法
 2006年11月1日には、「中華人民共和国農産品質量安全法」が中華人民共和国主席令第49号として施行された。
(これは中国で初めての農産物に関する食品安全法規とのことである。)
→ 中華人民共和国農産品質量安全法(筆者抜粋)
【総則】
農産品の品質の安全、公衆の健康維持、農業・農村の経済発展のために本法を定め、農業部が主管する。
  農産品とは「初級農産品」であり、農作業によって得られる植物、動物、微生物・微生物産物を指し、人の健康と安全を保障するために制定する
第1章 農産品質量安全標準
強制的技術標準 (化学物質・毒物・微生物汚染等不適合品の販売禁止)
第2章 農産品産地
汚染指定地域の農産物生産禁止
第3章 農産品生産
農業資材関連法規充実・関連知識教育指導強化・生産記録等
第4章 農産品包装・表示
偽装表示禁止、生産者・産地・保障期間・等級表示等
第5章 監督検査
有害物質汚染・基準値違反品販売禁止、安全情報の公開等
第6章 法律責任
違法行為責任追及、販売免許停止、罰金2千元〜2万元
日本向け食品の安全性
 日本は中国の農産物の最大の輸出相手国であり、2005年の対日輸出は約80億ドルで、総輸出量に対して韓国、ASEAN、米国、EUが夫々約10%であるのに対し日本向けは33%となっている。このため、2006年5月末より施行された日本のポジティブリスト制に対し『緑色関税障壁』(先進国が、安全性を口実にして厳格すぎる基準を定め、発展途上国の農産物の輸入を制限する処置)として猛反発しながらもこれに従わざるを得ない状況にある。また、2002年の冷凍ホウレンソウのクロルピリホス残留基準値違反事件も、『中国のホウレンソウを狙い撃ちにした科学的根拠の無い理不尽な扱い』(葉菜類等のクロルピリホスの残留基準値が1ppm前後であるのに、ホウレンソウの残留基準値のみが0.01ppmと1/100 の厳しい値になっている)として反発しているが、日本への輸出量を維持するために、日本向けの輸出企業を登録制とし、無登録の企業や集団の輸出を禁止した。この登録条件として、@農民が使用する農薬の管理・指導が出来ること、A自社でガスクロ等を保有し残留農薬の社内検査が出来ること等を課している。これらの処置は日本向け輸出のための特別な処置であり、自国内の食品については各種事情により実施が困難な状況にある。
2−1.ポジティブリスト制への対応
 日本のポジティブリスト制に対応すべく質検総局は「日本ポジティブリスト制の対応に関する強化について」と題して2006年に全国の35箇所の検験検疫局(CIQ)他の関連部署に緊急通知を行った。この中で日本向け輸出食品を蔬菜、茶、雑穀、落花生、松茸、蜂蜜、鰻等19種類に分類し、この項目毎に重点検査農薬を指定した。蔬菜ではネギ、ニンジン、ショウガ等23種類の農作物に夫々メタミドホス、クロルピリホス、ディルドリン等数種類の農薬を指定し、日本の基準値と同レベルで測定することを指示している。これを受けて各CIQにGC/MS等が急速に導入されているとのことである。山東出入境検験検疫局(CIQ)も下記要約の特急通知を出した。
→ 『日本のポジティブリスト制対応への食品安全に関する通知』
山東出入境検験検疫局 特急通達第58号(2006年)
(1) 日本のポジティブリスト及びEUの食品新法規に積極的に対応する。
この法規が要求する背景、内容を理解し正確に実態を把握する。
農産品輸出にもたらす困難と影響を科学的に分析し冷静に対処する。
(2) 以下について真摯に調査し報告すること。
商品についての要求内容。
中国企業の原料・副材料の検査状況。
農業化学品の使用と残留状況。
(3) 中国企業の自社検査管理体制の強化とCIQ管理体制の向上。
管理監督を強化し輸出企業の管理水準を向上させる。
中国企業の自主検査の正確さ、自社管理能力を向上させる。
原料の栽培管理から始め輸出商品の安全品質管理能力を確保する。
CIQ及び、企業の管理人を教育し、高水準の食品安全管理部隊を構築する。
計測技術水準を日本の技術に合わせる。
おわりに
 中国の食品安全政策は、国内向けと輸出向けで大きく異なっている。輸出による外貨獲得は中国政府の重点政策であり、輸出農作物等は相手国の基準に合わせるべく最大限の努力をしている。
 中国国内での『毒菜』事件は、都市近郊の高価な農薬を購入する財力のある先進的な農家が、安全知識不足のままきれいで市場性の高い農作物を作ろうと努力した結果、起こしてしまった不幸な事件である。中国のCIQや日本の検疫所の努力により、これがこのままわが国に輸入され流通する事は殆ど無いはずである。しかし、検疫検査は通常5%の抜き取り検査である。検査漏れが無いとは言えず、また、中国側の検査漏れや不正行為等が皆無とも言い切れない。国産・輸入を問わず、食の安全のためにも信頼できる検査を実施したいものである。
筆者略歴
佐藤 元昭
【所属】 株式会社 アジア食品安全研究センター
青島中検誠誉食品検測有限公司(中国) 技術顧問
〒104-0061 東京都中央区銀座5−10−13
TEL:03−4569−7366 / FAX:03−3571−1173
【学歴】
1967年3月 東京農工大学農学部植物防疫学科卒業
1969年3月 同大学大学院農学研究科農薬化学専攻修士課程終了
【職歴】
1969年4月〜1998年1月 昭和電工株式会社
  農薬残留分析法開発研究、害虫誘引剤開発研究、魚毒試験法開発研究、農薬の分解・代謝研究、農薬技術普及業務、医薬品の生体内運命研究、経皮吸収医薬品開発研究、大量分取HPLC開発研究、固相抽出技術普及等歴任(この間50ヶ月間 ジーエルサイエンス(株)出向(顧問))
1998年2月〜2006年10月 財団法人雑賀技術研究所
  残留農薬多成分迅速一斉分析法開発
1999年4月〜2003年3月 和歌山大学客員教授 兼任

2003年1月〜2006年10月 青島食品安全研究所 (中国) 研究・技術総監 兼任

2004年1月〜2006年10月 株式会社アジア食品安全研究センタ−技術顧問 兼任

2006年11月 株式会社アジア食品安全研究センタ−

  青島中検誠誉食品検測有限公司(中国) 技術顧問再就任
現在に至る
【所属学会他】 日本農薬学会(農薬残留分析研究会委員)
日本分析化学会(元近畿支部幹事)
日本食品衛生学会会員
日本食品化学会会員
日本環境ホルモン学会会員
内閣府食品安全モニター
【著書】
1988年 バイオセパレーションの技術 シーエムシー出版 共著
1997年 生物化学工学講座13巻第2分冊 化学工業者 共著
1997年 キャピラリークロマトグラフィー 朝倉書店 共著
2001年 鮫川の野草 自費出版 共著
【趣味】 山歩き、山野草観察、魚釣り、俳句、野良仕事
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