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科学的な結果を根拠に、賞味期限の設定や原材料の使用を
 最近、企業が食品の賞味期限を延ばし始めているという。今年初めに起きた“不二家事件”以降、数々の企業が、期限切れの食品を販売したり、期限切れの原材料を使って食品を製造したりしたとして、自主的に商品を回収し謝罪し、新聞にお詫びの社告を掲載した。これを教訓に、企業は自衛策を講じているのだ。期限切れがダメなら、期限を延ばせばいい。

 だが、こういきなり書くと、消費者に誤解されてしまうだろう。「製造方法も衛生管理もなにも変わっていないのに、賞味期限の日付だけ変えるなんて。そんないい加減なこと、許さない!」。そう怒られてしまいそうだ。
 たしかに、表面的な現象はその通りだ。しかし、これまでの食品企業の行き過ぎた賞味期限設定を知る私のような者にとっては、延長は「やっと、企業もまともになってきたなあ」と評価できるもの。ここに、企業と消費者のリスクコミュニケーションの難しさが象徴的に表れているように思う。
 そもそも消費者は、賞味期限の決め方を知らない。行政など第三者が決定している、と勘違いしている人も多い。ご存知の通り、期限を決めるのは、製造加工を行う食品業者自身。まず、食品の酸度や糖度、細菌数、味や匂いなどを検査して、品質と安全性を何日間保てるかを確認する。一般的には、その日数に安全係数として1以下の数字をかけ算して出た日数を期限とする。
 安全係数は以前は、0.7〜0.8が一般的だった。しかし最近は、0.5を下回る数をかけていた企業が多かった、と私は聞いている。
 企業が、賞味期限をなるべく短く設定したくなる気持ちもわかる。品質劣化で顧客とトラブルになるリスクを考えれば、短いにこしたことはない。製造技術や流通・在庫管理も向上して食品の日持ちは格段に伸びているが、少し短めの方がイメージがよい場合も多い。ただし、あまり短すぎると顧客に不便を生ずるケースもあるので、両方の事情を勘案して出てくるのが安全係数0.3とか0.4というような数字だったのだろう。
 そのことを、食品業界にいる人たちは知っていた。賞味期限切れでも、安全であり品質上も問題がないことが、互いにわかり合っていたからこそ、賞味期限切れの原材料に対する管理が甘くなっていた。いわば、「暗黙の了解のうえでの使用」があった。
 しかし、その理屈は世間には通用しなかった。不二家事件でマスメディアは、消費期限と賞味期限を区別せず混同した。たしかに、不二家で明らかになった数々の問題の中には、リスクに直結するものもあったが、おそらく関係ないだろうと思われるものも多かった。なのに、メディアや消費者は「期限切れ原材料を使用」「雪印乳業の二の舞になることを恐れた」などと騒いでしまったのだ。
 そして、多くの企業が品質悪化など考えられない原材料や食品の賞味期限切れを理由に、製品を回収したり謝罪した。これらの企業は「後で見つかったら、不二家や雪印と同様にイメージが悪化し経営まで危うくなる。先に謝った方がいい」という姿勢だったという。
 この事態は裏を返せば、まったく問題がない食品が大量に回収されたり、法的には必要のない謝罪広告で企業の出費が増えたりする「もったいない」現象だったのだ。しかし、マスメディアも消費者も本質的な問題点を理解できなかった。メディアは恥ずかしいことだが、「食の安全」への理解の浅さを露呈してしまった。
 これではいけない。イメージ追求の企業運営になり、無駄な出費が増え、食品の有効利用が軽んじられる。それらは食品価格の上昇にもつながっていく。消費者にとっても不利益が大きいのに、消費者はそのことにまだ気が付いていない。
 したがって、賞味期限を延ばすという企業の判断は、極めて合理的である。ただし、重要なのは、企業が信念を持って科学的な判断を下し、説明責任を果たすことだ。
 まず、科学的な検査結果や判断に基づいて賞味期限を設定したうえで、その経過をしっかりと文書にまとめてほしい。もちろん、慣習で期限を設定し、なんとなく延長するのは論外だ。
 そのうえで、取引相手に情報を提供する。もし誤解が生じても、即座に情報提供できれば、誤解を払拭することができるだろう。必要に応じて、消費者にもしっかりと説明してほしい。
 賞味期限切れの原材料使用にしても、「品質、安全性に問題なし」と科学的に確認したうえで使えば、食品衛生法上もまったく問題がないのだ。あらかじめ、どう判断するかを社内で科学的に検討して決定しておき、運用することが大切だ。
 2月に東京海洋大で開かれた食の安全に関するシンポジウムに登場した雪印乳業の日和佐信子社外取締役は、「賞味期限が1日過ぎたからといって、すぐに全量廃棄するのはいかがなものか・・・」と懸念を表したという。日和佐氏は長年、消費者団体の幹部として活躍し、雪印事件後、改革のために取締役になったという人物。日和佐氏は、社内での別の事例を説明しながら、科学的なアプローチを行い関係取引先にデータを示して説明することの重要性を強調した。
 判断の根幹に、客観的で科学的な“事実”を据えたうえで、企業としての毅然とした姿勢を見せることが大事なのだ。そうすれば、日和佐氏のような消費者団体幹部はその合理性を理解できる。マスメディアの取り上げ方も次第に変わっていくだろう。それが、消費者の真の理解にも結びついて行く。私には、そう思える。

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