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アンチエイジングと抗酸化食品因子
名古屋大学大学院生命農学研究科 教授 大澤俊彦

 「バイオマーカー(生体指標)」という概念が「食品の機能性」評価法へ導入されたのはごく最近である。「食品の持つ生体調節機能」に多くの注目が集められてきたが、「食品成分」は複合系であるために、科学的に機能性評価を行う難しさがいつも議論となってきた。しかしながら、医学の分野からも「食品の持つ生理機能」研究の必要性が認識され、特に、がんをはじめ生活習慣病と呼ばれる疾病の予防が大きな注目を集めてきた。なかでも、食品の健康への関与を、科学的にも納得しうる「バイオマーカー」を用いて客観的に評価することができることが最も必要であることはいうまでもない。われわれも、アゾポリマーをスピンコートしたスライドグラスに、酸化ストレスを中心に肥満や動脈硬化に関連した血液中や尿中に存在するバイオマーカーに特異的なモノクローナル抗体をスピンコートした「抗体チップ」を開発中である。この「抗体チップ」を利用した未病診断や食品の機能性評価への応用の可能性と共に、生体内酸化ストレス予防が期待できる抗酸化食品因子開発を進めている。

 最初に、我々の研究グループが注目したのは、脂質過酸化反応の終期生成物として知られているマロンジアルデヒド(MDA)や4-ヒドロキシノネナール(4-HNE)やアクロレイン(ACR)などアルデヒド類であり、これらのアルデヒド類に特異的なポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体を作成することに成功した。実際に、ヒト腹部大動脈動脈硬化症病巣について免疫組織染色により修飾蛋白質の局在を解析したところ、マクロファージ由来泡沫細胞に陽性であることが確認されるなど、動脈硬化との関連性を示す多くのデータが得られてきている。しかしながら、アンチエイジングの立場から最近注目しているのは、酸化ストレス初期のバイオマーカーの開発である。従来は、脂質過酸化初期反応生成物であるリノール酸の13-ヒドロペルオキシド(13-HPODE)のような脂質ヒドロペルオキシド類は生体中で比較的安定であり、タンパク質や核酸を直接攻撃することはないと考えられていたが、実際は、脂質ヒドロペルオキシドは、リン脂質やタンパク質のアミノ基と反応することで酸化傷害の原因となりうることを見出した。最近、エピトープ解析を行い、二次元NMRを中心に有機化学的立場から検討を行った結果、ヘサノイルリジン構造が13-HPODE修飾タンパク質中に特異的な構造として重要な役割を果たしていることを明らかにすることができ、また、最近では、赤血球中にヘキサノイル化されたリン脂質(フォスファチジルエタノールアミン)の検出にも成功している。さらに、n-6脂肪酸に共通のエピトープであるヘキサノイルリジン構造を化学的に合成し、モノクローナル抗体の作製し、最近、アポE欠損マウスの粥状動脈硬化の特異的な染色やヒトの動脈硬化巣の免疫染色に成功した。さらに、このような脂質ヒドロペルオキシドはアラキドン酸の場合も生成し、アラキドン酸ヒドロペルオキシド(13-HPETE)に特異的なバイオマーカーの開発にも成功している。さらに、DHAをはじめとするn-3脂肪酸に特異的なバイオマーカーの開発にも成功し、アンチエイジング評価の手法としての有用性を中心に研究を進めている。

 われわれは、最近、ゴマサラダ油の抗酸化性の本体である「セサミノール」がLDL(低密度リポ蛋白質)の酸化傷害を強力に抑制することを明らかにし、その抑制機構について研究を進めた結果、「セサミノール」は、脂質過酸化の結果生じた脂質ヒドロペルオキシドと特異的に結合することで縮合物を形成し、その結果、脂質過酸化反応を抑制することが明らかとなった。この「セサミノール」は、ゴマ油中に大量に存在していると共に、最近の研究の結果、ゴマ種子中に水溶性の「セサミノール配糖体」として大量に存在していることが明らかとなった。これらの「セサミノール配糖体」は、それ自身抗酸化性はもたないものの、食品成分として摂取したのち、特に、腸内細菌のもつβーグルコシダーゼの作用でアグリコンが加水分解を受けてから腸管から吸収され、最終的には脂溶性である「セサミノール」が血液を経て各種臓器中に至り、生体膜などの酸化的障害を防御するということも重要ではないかと考えられた。すなわち、セサミノールはゴマ油製造工程で二次的に生成するという経路とともに、ゴマ種子中の水溶性区分にセサミノール配糖体としても存在し、配糖体自身には抗酸化性はないものの、摂取後の腸内細菌の作用でもセサミノールが生成されるという興味ある結果を得ることができた。「セサミノール配糖体」は、ゴマ油を絞った後の副産物である「ゴマ脱脂粕」中に1%という高含量で存在していることが明らかになった。年間、何万トンという生産される「ゴマ脱脂粕」が肥料や飼料としてしか利用されていないという現状を考えてみると、新しい機能性食品素材として応用開発の可能性が期待されている。最終的には、ヒトを対象とした臨床研究が必要であるが、とりあえず、この「ゴマ脱脂粕」の持つ動脈硬化予防効果をウサギを用いた個体レベルでの検討を行った。実験の詳細は省略するが、高コレステロール負荷(1%コレステロール食)を与えたウサギにゴマ脱脂粕を投与し、9週間に解剖し、大動脈内におけるコレステロールの沈着を検討したところ、「ゴマ脱脂粕」を投与したウサギの大動脈内のコレステロール沈着はコントロール群に比べて有意に抑制した。以上の結果から、「ゴマ脱脂粕」中に含まれる「リグナン配糖体」が腸内菌の作用により加水分解され、生成したセサミノールがLDLの脂質過酸化反応を抑制すると同時に動脈硬化進展を予防する可能性が明らかになった。ゴマやゴマ脱脂粕という素材の安全性は問題ないと考えられ、今後のアンチエイジング食品として応用開発の研究の発展が期待されている。また、つい最近に至り、家族性高脂血症のモデルであるWHHL-ウサギへのセサミノール配糖体の投与実験でも抑制効果が確認されており、さらに広範なセサミノール配糖体の有効性が期待されている。最近、岐阜大学と共同で、セサミノール配糖体が大腸がん予防にも重要な役割を果たしており、そのがん予防メカニズムとして、脂肪酸結合タンパク質の遺伝子レベルにおける発現抑制という興味ある結果も得ており、ゴマに対するアンチエイジング機能への期待が高まっている。

 一方、われわれはインド料理に不可欠で日本でもなじみの深い香辛料、ターメリックの黄色色素、クルクミンを摂取するとまず腸上皮細胞で還元され、強力な抗酸化性を持つテトラヒドロクルクミンに変換されたのちに脂質ラジカルを捕捉することで、大腸がんや乳がん、糖尿病の合併症としての白内障や腎不全など、生活習慣病と呼ばれる疾病に対して予防効果を示すことを明らかにした。最近、椙山女学園大学の内藤教授と共同で、テトラヒドロクルクミンが動脈硬化予防にも期待できる抗酸化食品因子であることを明らかにできた。さらに、これらのポリフェノールはいずれも第2相解毒酵素を特異的に誘導することで生体防御機能を発現するという興味ある機構が明らかとなったので、これらの抗酸化食品因子の持つ新しい機能に多くの注目が集められてきている。ここで紹介した以外にも、多くの抗酸化食品因子にアンチエイジングの機能が注目されているが、最も重要な点は、科学的根拠に基づいた(Evidence-based)抗酸化食品の開発であると確信しており、この分野の研究の発展を期待したい。

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