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ノロウイルスの特性とノロウイルス感染症
三重県津保健福祉事務所総合検査室長  杉 山  明
概要及び疫学

  1968年アメリカ合衆国のオハイオ州ノーウォークという町の小学校で集団発生した急性胃腸炎の患者下痢便から小型の球形ウイルスが検出されました。このウイルスは、当初,発見された土地の名前をとってノーウォークウイルスと呼ばれました。その後,このウイルスに対する研究が進み、ウイルスの中では小さい部類に属し、直径が38nmの正二十面体のほぼ球形で表面にコップ状の窪んだ構造が観察されることからカリシウイルス科に分類し、小型球形ウイルスと命名されました。さらに2002年、国際ウイルス命名委員会によってノロウイルス(Norovirus:NV)と命名されました。NVは遺伝子I(GI)と遺伝子II(GII)の2つの遺伝子群 に分類され、それぞれは14と17の遺伝子型(genotype)に細分類されています。NVは、様々な環境条件下でも不活化し難く、食品に付着したウイルスの不活化までの期間は4℃の冷蔵庫で数ヵ月、室温で2〜3週間、37℃で10日程度かかると推測されています。また、pH3.0では不活化せず、プールの残留塩素0.4ppmには抵抗します。塩素のみでの完全不活化には200ppm必要であるといわれています。また、70%アルコールでは不活化するのに、5〜30分かかり、さらに熱にも強く56℃、30分間では不活化しません。熱での完全不活化には、85℃、1分間かかります。人への感染性は強く、感染するために必要なウイルス量は100個程度とされ、極めて少量であります。NVが感染すると、その潜伏期は12〜72時間であると考えられており、感染宿主域は、乳幼児から成人や老齢者まで幅広い年齢層に及びます。主症状は、急性胃腸炎ですが、嘔吐も伴います。一般に症状は軽症で、治療をしなくても治癒する場合が多いのですが、免疫不全者や老齢者等では希に重症化する場合もあり、これらの人々では死亡例も報告されています。感染場所は小腸上皮細胞で、小腸の炎症に伴い下痢を発症します。胃内容を腸に送る運動神経が機能低下、麻痺するため嘔気、嘔吐がほとんどの事例でみられます。その他、発熱、悪寒、筋肉痛、咽頭痛などを伴うこともあります。このような症状が1〜3日続いた後治癒し、一般的に予後は良好で後遺症を残こすことはありません。しかし、症状が消失しても3〜7日間程度患者の便にNVが排泄されるため他の健常者に2次感染する場合があるので、用便後には石鹸を使った手洗いの励行等予防に対する注意が必要です。また、給食関係の業務への従事者は、便からウイルスが排泄されなくなるまでの間、その業務には従事させないことが必要です。
 NV感染による下痢症患者や不顕性感染者から排泄されたウイルスが下水や河川から終末処理場に流入し、そこから沿岸海域を汚染し、そこで生息または養殖されている魚介類を汚染します。特に、カキやアサリ等2枚貝に海水やプランクトンとともにウイルスが取り込まれると貝の消化管、特に中腸腺に生物濃縮によって蓄積しますが、貝の体内でNVが直接に増殖することはありません。このようにして、NVを蓄積し保有している貝を生または加熱不十分なまま喫食すると感染します。また、感染者が保育園、幼稚園、小学校、福祉施設等で認められた場合、他の園児、児童、入所者に水平感染させることもあります。これについては、以下のように説明されています。NVが含まれている糞便や嘔吐物に汚染された手指、衣服、器物等に触れたり、NVがごくわずかに混入した飲食物を摂取したり、排泄物や汚染された下着等を処理したときに少数のウイルス粒子が付着し、それが他の健常者に再び経口的に感染します。このような2次感染の場合は、食中毒と異なり患者の発生が、毎日だらだらと続くのが特徴です。

日本での発生状況

 厚生労働省では、1998年からNVによる食中毒を小型球形ウイルス食中毒として発表してきました。しかし、2002年夏に国際ウイルス命名委員会によってノーウォークウイルス(我国でそれまで小型球形ウイルスと呼称していたもの)は、NVという正式名称が決定されたため、2003年5月食品衛生法施行規則を改正し、NV食中毒として統一しました。初めて発表された1998年は事件数で123件(4.2%)、1999年は116件(4.3%)でありましたが、2000年代になってからは、2000年の245件を除けば、平均270件で全体の事例数に占める割合も各年の平均は約16%で、カンピロバクターには及ばないものの腸炎ビブリオ、サルモネラと同等またはそれ以上です。病因物質別の患者数では、2001年以降5年連続でトップであり、毎年増加傾向にあります。特に2003年は10,603人で統計を取り始めて初めて1万人の大台になり食中毒患者全体に占める割合も36.1%と前年を大きく上回りました。また、2004年には、さらに増加して過去最高の12,537人、44.5%となりました。以上のことから、NVによる食中毒は1件当たりの患者数が多いということが伺えます。国立感染症研究所感染症情報センターの発表した2001/02シーズンから2005/06シーズンまでの全国のNVの週別検出状況から、毎年40週前後からウイルスが検出され始め、翌30 週過ぎまで続きます。検出のピークは47, 48週から翌4、5週までの10週間前後です。検出されるNVの遺伝子はGUが圧倒的に多く、GTは週に数株から10株程度です。NV検出法は、ほとんどPCR法での遺伝子検索ですが、一部では電子顕微鏡法も用いられています。 
  我国で発生するNVによる食中毒は2つのパターンに分類できます。1番目は、NVを保有している調理人や食品取扱者が食品を汚染させて、2次汚染した食品の喫食により感染するパターンで食中毒の事件数で約3/4、患者数で80数%あります。2番目は、NVに汚染されたカキ等2枚貝の生食によるもので事件数では約1/4、患者数では10数%です。
  食中毒以外では、小児の感染性胃腸炎、保育園、幼稚園、小学校や高齢者施設等で集団発生事例等があります。全国各地の感染症情報センターからの報告分の集計では、小児の感染性胃腸炎患者からの散発事例を含めたNV検出は毎年年末から増加し、集団発生もこの時期に増加してきます。2004年と2005年には5月、6月にもNV検出報告が増加、特に、2005年は8月まで報告が続きました。したがって、感染性胃腸炎からの病原検索を行う場合は、季節を問わずNVの可能性も念頭に置くことが必要であります。また、2004/05シーズンには、広島県の特別養護老人ホームで発生した集団事例をはじめとして、全国各地の高齢者施設においてNV集団感染事例が発生し、死亡者が相次いだため注目されました。そこで、厚生労働省では、2005年1月10日、「高齢者施設における感染性胃腸炎の発生・まん延防止の徹底について」という文書によりNVの水平感染を防止することに主眼をおいた感染管理対策のさらなる充実の必要性を指示しています。これには、発生防止のための措置として、職員及び入居者の健康管理の徹底、食品調理時の衛生管理、発生時の措置として、連絡体制の構築、有症者への適切な対応、まん延防止のための適切な措置等が盛り込まれています。
  このようにNVは、様々なルートで感染します。したがって、感染機会を減らすためには、手洗いやうがいを励行し、調理人の日常からの健康管理を図るとともに、食品の適正な管理等が必要になってきます。  

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